平成30年度予備試験民事系第2問振り返り

はじめに

お久しぶりです。かなり久しぶりの更新になってしまいましたが、アウトプット記事の更新になります。

今回は、平成30年度予備試験民事系第2問の整理です。まずは、全体の出題趣旨から。

本問は,株主提案権の行使要件と新株発行による総議決権数の変動との関係及び
利益相反取引(直接取引)に基づく取締役の任務懈怠責任と責任限定契約との関係
を問うものである。

本問の内容は、株主総会と取締役の責任が問題となっています。以下、最初に事案の整理から行っていきます。

事実の概要

1段落目

この段落では、甲株式会社(以下「甲社」という)の性質について述べられています。公開会社(会社法2条5号)であり、かつ、監査等委員会設置会社(2条11号の2)であるとされています。また公開会社であれば、取締役会の設置が義務付けられます(327条1項)。なお、監査等委員会設置会社であるという点が本設問においてポイントになりますので、チェックしておきましょう。

次に、甲社は上場準備を進めていること、発行株式の単元数(1単元=100株)、単元未満株主及び議決権を行使できない株主が存在しないことが読み取れます。

2段落目

この段落では、甲社の定款に関する内容が述べられています。監査等委員会の取締役について3~5人としています。監査等委員会に関する条文がすぐに出てこない場合は、目次から確認しましょう。

監査等委員会は株式会社の機関なので、第四章に条文があります。第九節の二に規定があります。この節の最初の条文である399条の2には、第2項で「監査等委員は取締役でなければならない」としてあることから、定款では監査等委員を務める取締役を定めていることが分かります。監査等委員である取締役は、3人以上かつ過半数社外取締役でなければならないところ(331条6項)、Aは社内取締役、B・Cは社外取締役として監査等委員を構成しています。

その次に述べられているのは、事業年度・議決権を行使できる株主についての内容です。これらの内容は、世間一般の上場会社と同じような仕組みになっています。

3段落目

この段落では、監査等委員を務める取締役(399条の2第2項)の構成について述べられています。3名(A・B・C)いて2名は社外取締役(B・C)であるということを把握しておきましょう。

4段落目

この段落から、Dという人物が出てきます。Dは、甲社の株式1万株を有する株主として株主名簿に記載されています。

Dは、監査等委員である取締役を選任するための株主提案をしようとしています。Dは、平成29年4月10日に後者の代表取締役Eに対して株主提案権を行使しています。本問では、株主総会の目的(以下「議題」という)と議案の要領が問題となります。

  • 議題:監査等委員である取締役の選任
  • 議案:公認会計士Fを監査等委員である取締役に選任する

5段落目

この段落では、甲社による新株発行がなされています。取締役会の承認があることといった手続面の正当性や、発行数、払込金額、引受け人となった者(今回は丙社)などの取引状況は把握しておきましょう。

6段落目

この段落では、設問1で問題となる事実が記載されています。平成29年6月29日に開催した定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)の招集通知に、4段落で述べた議題及び議案の要領を記載していなかったことが判明します。

7段落目

次に、設問2の内容となる第7段落以降を見ていきます。甲社は監査等委員会設置会社(2条の11の2)であり、Bはその取締役です。そしてBが取締役として受け取る報酬の年額は600万円です。こうした数字はしっかりチェックしておきましょう。

またBは、監査等委員である取締役に就任するに当たって、定款の定めに基づいて責任限定契約を締結しています。その内容としては、会社法423条第1項の責任(任務懈怠責任)について、善意かつ重大な過失がないときは同法425条第1項の最低限度額となるものです。

8段落目

この段落では、甲社と丁社の取引について言及がされています。トラックの駐車場用地として利用するために、甲社が丁社が保有する土地を賃貸借する契約を締結しています。

ここで問題なのは、賃料を周辺相場の2倍というかなり高額なものを支払っている点です。詳細は、設問2の検討で述べます。

〔設問1〕

6段落目までの内容を受けて設問1に入ります。設問1は、株主Dから上記4の請求を受けた甲社が本件株主総会の招集通知に上記4の議題及び議案の要領を記載しなかったことの当否を問うものです。

本設問の要点は、出題趣旨によれば以下の通りです。

設問1は,公開会社かつ取締役会設置会社であって単元株式制度を採用している
株式会社における株主提案権(議題提案権(会社法第303条及び議案要領通知
請求権(同法第305条))の行使要件を指摘した上で,どの時点で議決権保有
件を充足する必要があるかを検討しなければならない。

今回問題となっているのは、株主総会の招集通知に議題及び議案の要領を記載しなかったことです。この当否を検討するにあたっては、株主提案権の行使要件を定めた条文を指摘する必要があります。

株主提案権について

設問1で問題となっているのは、株主提案権です。株主提案権とは、会社が株主総会を招集する機会を利用して株主が自らの考えを株主総会に提案することです*1。株主提案権には、⒜議題提案権(303条)、⒝議案提案権、⒞議案要領通知請求権(305条)があります。

本設問では、議題提案権(303条)と議案要領通知請求権(305条)が問題となっているので、Dの株主提案権の行使についてその要件を充足していたか否かを検討していきます。

303条は括弧書きが多いですが、その内容は必要に応じて追って言及することにして、まずは本文を読んでいきます(漢数字は、便宜上算用数字に変えてます)。

  • 「株主は、取締役に対し、一定の事項を株主総会の目的とすることを請求することができる」(1項)
  • 「前項の規定にかかわらず、取締役会設置会社においては、総株主の議決権の100分1以上の議決権又は300個以上の議決権を6箇月前から引き続き有する株主に限り、取締役に対し、一定の事項を株主総会の目的とすることを請求することができる。この場合において、その請求は、株主総会の日の8週間前までにしなければならない」(2項)
    →この要件は、公開会社である取締役会設置会社(327条1項参照)の場合に課せられるものです*2取締役会設置会社ではない会社では単独株主権(=1株でも株式を保有する株主であれば行使できる権利)であり、また行使の時期について特に定めはないことになります。

株主提案権(303条)の行使に必要な要件のうち、「総株主の議決権の100分の1以上の議決権」と「300個以上の議決権」は「又は」で列挙されているので、どちらかを充たしていれば保有要件は満たしていることになります。

これに対し、議案提案権(304条)については取締役会設置会社であっても保有期間制限はありません。併せて条文を確認しておきましょう。

ここで、招集通知との関連で注意しなければならないことがあります。招集通知については、299条4項で「前二項の通知には、前条第1項各号に掲げる事項を記載し、又は記録しなければならない」とされています。

前二項というのは「書面」(299条2項)あるいは「電磁的方法」(299条3項)による招集通知を指します。甲会社は取締役会設置会社なので、書面要件が課されることになります(299条2項2号)。また298条1項各号に掲げる事項が招集通知において通知すべき事項となります。

招集通知において通知すべき事項(=招集に際して決定すべき事項)を定めた298条1項を見てみると、2号で「株主総会の目的」を挙げています。このことから、株主総会において話し合われる事項、すなわち議題は招集通知の記載事項となります。

上記より、議題について株主提案権(303条)が適法に行使された場合は、招集通知に載せなくてはならないことになります。

これに対し、議案については招集通知において通知すべき事項とはなっておらず、株主は議案通知請求権(305条)を行使して「議案の要領」を通知することを請求しなければなりません。305条の要件も303条と内容は同じですが、次のようになります。

  • 「株主は、取締役に対し、株主総会の日の8週間前までに、株主総会の目的である事項につき当該株主が提出しようとする議案の要領を株主に通知することを請求することができる。ただし、取締役会設置会社においては、総株主の議決権の100分の1以上の議決権又は300個以上の議決権を6箇月前から引き続き有する株主に限り、当該請求をすることができる。」(1項)
    →この要件は、公開会社である取締役会設置会社(327条1項参照)の場合に課せられるものです*3取締役会設置会社ではない会社では単独株主権であり、また行使の時期について特に定めはないことになります。

上記を踏まえ、Dが各要件を満たしているか検討していきます。Dは平成24年から継続して甲社の株式1万株を有する株主です。また甲社の株式は100株を1単元としていることから、Dは100単元有していることになり、その議決権は100個となります。

ここで、甲社の発行済株式総数は100万株であるため、1万株を有するDは「総株主の議決権の100分の1以上の議決権」を有していることになります。また本件株主総会は平成29年6月29日に開催されていることから、Dは「6箇月前から引き続き有する株主」にも該当することになります。

さらに、Dは平成29年4月10日に監査等委員である取締役の選任という「議題」を提案し、また公認会計士Fを監査等委員である取締役にする旨の「議案の要領」を招集通知に記載することを請求しています。これらはいずれも「株主総会の日の8週間前」(303条2項、305条1項)までに行われています。

したがって、Dの株主提案権(303条)及び議案通知請求権(305条)はいずれも適法に行使されたといえそうですが、一つ問題があります。

5段落目にありましたように、平成29年5月8日に20万株の新株発行を行っています。またこの20万株について、同月29日に開催される定時株主総会において議決権行使できるとされています。このことから、甲社の発行済株式総数は120万株となり、株主提案権行使時点においては保有要件(100分の1)を充たすDが、株主総会時点においては保有要件を満たしていないことになります。

そのようなDが行使した株主提案権に基づく議題及び議案の要領を招集通知に記載しなかった甲社の対応の適法性が問題となります。

基準日(124条)について

本問において、新株発行は基準日(後になされています。今回の事例では、基準日後に新株発行を行った場合ですが、仮にDが基準日後に株式の譲渡を行って保有要件を充たさなくなった場合にも同様の問題が生じます。

基準日は、株主総会で議決権を行使したり、剰余金配当を受けたりするなど、株主としての権利を行使できる者を確定するための方法として用意された制度です*4

基準日については、①基準日および②基準日株主が行使することができる権利の内容を定めた上で、当該基準日の2週間前までに、①②の事項を公告する必要があります(124条3項)。

本問では、事業年度の最終日である3月31日の最終の株主名簿に記載されている者が、基準日株主としてその事業年度に関する定時株主総会で議決権を行使できるとされているので3月31日が基準日となります。

基準日制度は、会社が一定の日(基準日)を定めた上で、その基準日における株主名簿上の株主(基準日株主)を株主として扱えば足りるとすることで、会社の事務処理の便宜を図った制度です。基準日株主がすでに株式を譲渡していても、株主として議決権行使をすることが認められることになります。

なお、基準日後に株主となった者についても、会社の判断によって議決権を行使させることは認められています(124条4項)。もっとも、ただし書において「基準日株主の権利」を害することはできないとされています。

事案の解決としては、124条4項ただし書に基づき、そもそも新株発行によって保有要件を充たさなくなり株主提案権を行使できなくなる株主が出てくること自体、「基準日株主の権利」を害することだと捉える考え方があります。

そうすると、甲社が丙社に議決権行使を認めた決定は違法であり、丙社は議決権行使をすることができず、Dは本件株主総会時点で引き続き議決権行使をできる株主であると捉えることになります。その結果、Dの株主提案権行使は保有要件を充たし続けていることになります。

もう一つの考え方としては、Dは基準日に株主名簿に記載されていれば、株主総会で議決権を行使できるのであれば、議決権のための権利行使(株主提案権など)の適法性も基準時(もしくは権利行使時)で判断するというものがあります。基準時 or 権利行使時において保有要件を充たしていれば、会社側は適法に行使された株主提案権に基づく招集通知への議題・議案の要領を記載しなくてはならないことになります。

本問において、Dは株主提案権行使時点で保有要件を充たしているので、それ以降に保有要件を充たさなくなっても甲社は本件株主総会の招集通知に議題・議案の要領を通知しなくてはならなかったことになります。

結論としては、甲社は、本件株主総会の招集通知に議題・議案の要領を通知すべきであったといえ、これを怠った甲社には招集手続の法令違反(831条1項1号)が認められ本件株主総会の取消事由が認められることになります。

〔設問2〕

利益相反取引について

本問で問題なのは、利益相反取引(356条1項)となります。今回は、同項1号の「取締役が自己又は第三者のために」行った直接取引たる利益相反取引となります。この帰結は、いわゆる名義説に基づくものです。例えば、取締役が直接の取引相手になっている場合や、取締役が取引先の会社の代表取締役を務めているような場合が挙げられます。

「ために」の文言の解釈として、第三者のために取引できるのは当該会社の代表取締役しかいません。自分名義で取引できるのは自分自身しかいません。

本件では、甲社の取締役がBが、自ら持分を全て有する「第三者」たる丁社の「ために」代表取締役として本件賃貸借契約を締結しているので、直接取引たる利益相反取引に該当します(356条1項1号)。この賃貸借契約を締結した結果、甲社は丁社に対し、平成29年7月1日から平成30年6月30日まで毎月300万円の賃料を支払い続けたことになります。

賃料相場は150万円であったところを300万円支払っていたので、超過額の150万円が月々の損害となり、これを12ヶ月分ということで1800万円の損害が甲社に生じたと言えます。

したがって、Bが行った直接取引たる利益相反取引について、任務懈怠が推定されることになります(423条3項1号)。

ここで、甲社は監査等委員会設置会社ですので、423条4項も指摘しましょう。この条文では、監査等委員でない取締役が「監査等委員会の承認を受けたとき」は適用しないとしています。本件のBは、監査等委員である取締役ですので423条3項の適用除外はありません。忘れずに指摘しましょう。

なお推定を覆すような事情についてですが、駐車場用地の確保が急務であったという事情はあれど、そのような事情に乗じて足元を見て甲社に損害を生じさせているので推定を覆すような事情はありません。

損害額について

次に損害額についてですが、Bが甲社と425条の責任限定契約を締結しています。まずは425条の規定を見てみましょう。最低責任限度額について、425条1項1号は次のように定めています。

  • 「当該役員がその在職中に株式会社から職務執行の対価として受け、又は受けるべき財産上の利益の一年間当たりの額に相当する額として…次のイからハまでに掲げる役員等の区分に応じ、当該イからハまでに定める数を乗じて得た額」
    →イ 代表取締役又は代表執行役 六
    →ロ 代表取締役以外の取締役(業務執行取締役等であるものに限る。)又は代表執行役以外の執行役 四
    →ハ 取締役(イ及びロに掲げるものを除く。)、会計参与、監査役又は会計監査人 二

Bは、代表取締役でも執行役でもない取締役なので、425条1項1号ハに該当します。その結果、1年間あたりの報酬の2倍額、つまり600万×2=1200万円が最低責任限度額となりそうです。

ただ、「自己のために」行った直接取引たる利益反取引を行った取締役の任務懈怠責任(423条1項)は、「当該取締役又は執行役の責めに帰することができない事由によるものであることをもって免れることができない。」とされています。先の利益相反取引の事実認定で「自己のために」と認定していた場合は、428条1項が適用されることになります。

責任限定契約(427条1項)について

本件の直接取引たる利益相反取引が「第三者のために」なされた場合であれば、428条は適用されません。責任限定契約について定めた427条1項の検討になります。

本件の事案について、Bは「職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がない」(427条1項)といえるでしょうか。仮に善意無重過失であるならば、Bの任務懈怠責任は、責任限定契約により425条1項1号ハに規定する額に抑えられることになります。

では、Eとの利益相反取引の際にBは果たして悪意又は重過失であったといえるでしょうか?

EがBに全幅の信頼を置いた結果、Bによって周辺の相場の2倍の賃料を(Bが全て持分を有する)丁社に払ったのは事実ですが、本件賃貸借契約締結時におけるBの内心や不注意をうかがわせる事情は記されておりません。

ここで、問題文の事情として「甲社の代表取締役Eは・・・賃料の決定に際して・・・Bの意向を尊重する姿勢をとっていた」「本件賃貸借契約の賃料は周辺の相場の2倍というかなり高額なものであった」とあります。

もっとも、このことからBがEとの契約時において、賃料相場の2倍で売却することについて悪意であったとまでは言い切れないと思われます。なぜなら、本件賃貸借の契約態様についての事実について触れているだけであって、Bが相場価格と偽って売ったわけでもなく、騙す意図があったと書かれているわけでもないからです。

通常、賃貸借契約を当事者の双方がどちらも相場賃料を知らずに締結するとは考えにくいですが、本問の問題文からBの意図についてまでは読み取り難いと考えました。

したがって、本件において、Bは責任限定契約に基づいて最低責任限度額額である1200万円について損害賠償義務を負うことになります。

終わりに

今回は久しぶりの更新で商法の予備試験問題についてまとめました。商法の試験では(他の科目もそうかもしれませんが)基本的な用語・概念の理解と条文捜査がかなり重要であることを改めて実感しました。また事案の解決に際して、方向性が別れることもあるので、試験の場で素早く結論を判断できるよう、今後も演習を重ねていきたく思います。

ここまでお読みいただきありがとうございました。質問・感想・意見等がございましたら、twitter@ Daisuke_12A11 までお願いします。

*1:高橋美加ほか『会社法〔第3版〕』(2020, 弘文堂)

*2:非公開会社では、保有期間制限はない:303条3項

*3:非公開会社では、保有期間制限はない:305条2項

*4:高橋美加ほか『会社法[第3版]』70頁(2020, 弘文堂)

平成29年予備試験民事系第1問の振り返り

はじめに

お久しぶりです。講義が想像以上にハードなものとなり、また期末試験等もありなかなか更新できない日々が続いていましたが、久しぶりに記事を投稿する余裕が出来ました。

今回は、以前に起案して添削を受けつつもそのままになっていた平成29年度予備試験を検討します。

まずは出題趣旨を確認したのち、問題文に示された状況を時系列に沿ってまとめて設問を見ていきます。

出題趣旨

本設問は,①不動産の第1譲受人が備えた登記が実体的権利関係に合致しないために第2譲受人の登場を招いたという事案を題材として,第1譲受人が備えた登記の有効性に絡める形で,実体的権利関係に合致しない不動産登記を信頼して取引関係に入った第三者の保護の在り方を問う(設問1)とともに,②不動産の転貸借がされた後,原賃貸借が合意解除された場合に,転貸借がどのように取り扱われるかを踏まえて,その際の原賃貸人と転借人との法的関係を問う(設問2)ものであり,民法の基本的な知識や,事案に即した分析能力論理的な思考力があるかを試すものである。

出題趣旨を見ますと、平成28年度の予備試験でも赤文字で示した3つの素養は引き続き求められていることがわかります。また、これらの科目は他の科目でも必要とされているものなので、日々の学習は基本的な知識の習得事案に即した分析を行うこと論理的に検討することを一層意識する必要があります。

本設問で求められた、①不動産の第1譲受人が備えた登記が実体的権利関係に合致しないために第2譲受人の登場を招いた事案は、物権分野の学習で幾度となく扱う事案です。また②不動産の転貸借も賃貸借と関連して確認しておくべき内容です。

以下、具体的な内容を検討していきます。

事案概要について

問題文を一通り読んでから問いに入ってもいいのですが、何を訊かれるのか、何に注意して問題文を読むべきかを明確にするために設問を先に見てもいいと思います。

本問では、設問が2つあります。まず〔設問1〕については、以下の通りです。

Cは,Aに対し,甲建物の所有権に基づき,本件登記の抹消登記手続を請求することができるかどうかを検討しなさい。

〔設問1〕では、Cの所有権の有無が問題になりそうです。この設問を解くためには、Cの所有権の発生原因・根拠事実がなんであるかを明らかにする必要があります。

次に、〔設問2〕については、以下の通りです。

CD間の賃貸借契約が合意解除された場合にそれ以後のCE間の法律関係はどのようになるかを踏まえて,【事実】8に記したCのEに対する請求及び【事実】9に記したEのCに対する請求が認められるかどうかを検討しなさい。

〔設問2〕では、CE間の賃貸借契約が合意解除された後のCからE、EからCの請求が問題となります。

賃貸借契約が合意解除された場合は、賃貸借が終了することになります。その結果、目的物の引渡義務が発生し、引き渡し後に敷金返還請求権が発生します(622条の2第1項1号)。また賃借人には原状回復義務(621条)が発生します。

これらの賃貸者契約終了に伴って発生する権利・義務関係を念頭に置いて、設問における状況を見ていきましょう。

時系列について

平成28年度予備試験民法について扱った記事でも述べましたが、事例問題は、「いつ、誰が、何をしたか」に着目して分析することが重要であると思われます。問題文に記された事象を時系列表にまとめつつ、何が問われそうかを考えながら追いかけるとスムーズに解答に結びつくのではないでしょうか。

以下、契約=K、登記=Tと略称を記しつつ、行為状況を見ていきます。売買契約については売主、賃貸者契約については賃貸人を起点とした表記をすることにします。

1段落目について
  • H23.7.14 B→A 甲建物 1000万円 売買K(代金支払済み) 
    ※Tは、Bが保有することを承諾

甲建物の売買契約を締結し、Aは代金を支払いましたが、Bの口車に乗せられた登記はB保有のままにしてしまっています。未だBのもとにある登記名義を用いて何かやらかすんじゃないか、といった点に着目する必要があります。

第2段落目について
  • H23.9.21 B→A 虚偽の所有権移転(譲渡担保)T申請書を渡す。
    ※これに基づき、Aは、本件T(原因:譲渡担保)を具備

Aは甲建物の登記名義をBのままにしていたところ、流石に登記名義を保有していないのはまずいと判断して登記を取得します。もっとも、本来は登記原因を「売買契約」とすべきところを「譲渡担保」、しかもAのBに対する架空の債権を原因としています。この辺りから、架空の債権の債務者たる地位をBが悪用しそうな気配を読み取れるとよさそうです。

第3段落目について
  • H23.12.13 B→C 甲建物 500万円 売買K(代金支払済み)
    ※譲渡担保が付されていることを考慮して、代金額を決定
    ※ただし、
    不動産業者Cは、Aが譲渡担保権者でないことにつき、善意・有過失

案の定(?)、BはAに売却済みの甲建物をCに売却しています。なお、ここでCの属性として不動産業者が挙げられていること、善意ではあるが有過失である点については、過失の推認にあたり結論を左右するかもしれないので注意が必要です。

第4段落目について
  • H24.9.21 C→A 300万円+利息 現実の提供 
    H24.9.21 A受領拒絶→弁済供託

第4段落目までが〔設問1〕で問われる内容となります。弁済の提供(493条)として、現実の提供が必要となります。その際は、弁済の目的物全部(金銭債務であれば、元本・利息・費用等も含める)を提供・供託する必要があります*1

第5段落目について
  • H25.3.1 AC間和解成立 甲建物 所有権C&T具備 

AC両者で和解が成立し、甲建物はC所有となり登記も具備してめでたしめでたし…となるかどうかは、次の段落以降の話です。

第6段落目について
  • H25.4.1 C→D 甲建物 賃貸 (月額20万)
    →H30.3.31まで5年間

Cは、自ら所有する建物をDに賃貸しています。賃貸借契約において、毎月発生する金銭といえば賃料に他ならないので"月額20万"とだけ書けば足りますし、答案構成時は可能な限り時間を節約しましょう。

また賃貸借契約の満了が問題になる場合を考慮して、期間

  • H26.8.1 D→E 甲建物 賃貸(月額15万) 
    →H28.7.31まで2年間

Dは、Cの承諾を得てEに甲建物賃貸、すなわち転貸しています。賃貸人の承諾の有無は重要な要素なので、チェックしておきましょう。

第7段落目について
  • H27.2.15 E 甲建物 雨漏り修理費用 30万円支出

甲建物で雨漏りが発生し、その修理費用をEが支出しています。「賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務」を負うのは、賃貸人(606条1項)ですが、この辺りが問題になると言えそうです。

第8段落目について
  • H27.3.10 CD H27.4.10限りでCD間賃貸借合意解除
  • H27.3.15 C→E H27.4.30までに甲建物明渡し or 5月以降の相場賃料25万円の支払

甲建物の賃貸借について、賃貸人Cと賃借人Dとの間で合意解除がされ、Eに対しては甲建物明渡しか相場の賃料25万円の増額が請求されています。Eとしては、明渡しを拒絶しつつ従前の賃料を支払続けたいところでしょう。

第9段落目について
  • H27.5.18 E→C 30万円

第7段落目で触れた雨漏りに関連し、Eが支出した費用をCに請求しています。この請求が認められるかも問題になります。

各請求について

〔設問1〕について

設問1は、所有権(206条)に基づく物権的請求権の問題です。第1段落から第4段落までの内容を元に解いていきます。

本問における訴訟物は、所有権に基づく妨害排除請求権としての本件登記抹消登記手続請求権です。かかる請求が認められるための要件は、①Cが甲建物の所有権を有していることと、②本件登記が存在していることです。

まず、本件登記が存在することは明らかなので②は充足します。

次に、Cが甲建物の所有権を有しているか否かが問題となります。この点について検討する際、まずは原則論から入ります。

本件では、Bを起点とした甲建物の二重譲渡類似の関係になっています。すなわち、平成23年7月14日にBA間で売買契約が締結され(第1譲渡)、同年12月13日に、BC間でも売買契約がされています。そして、Aは本件登記を備え、Cは甲の所有権を主張できないとのAの反論が考えられます(177条)。いわゆる対抗要件具備による所有権喪失の抗弁を提出することになります。

なお、所有権移転登記の登記原因は譲渡担保となっています(本来は、売買契約のはず)。譲渡担保は、形式を重視して、所有権の移転と解すると、原因が譲渡担保だとしても、公示機能が果たせる以上、かかる登記も有効であり、完全にAに移転していることになります。

CがBと売買契約を締結した当時、Bは甲建物について完全に無権利者であったため、Cは、甲建物の所有権を取得しえないのが原則となります

ここまでの流れでは、Bを起点とした二重譲渡類似の関係であること、Bは甲建物をAとCに売却し、Aが対抗要件を備えていることから所有権を完全に取得したことがポイントになります。

次に、上記の原則を踏まえたうえで例外を確認することになります。

本件では、AB間で本件登記に関する「通じてした意思表示」(94条1項)はないため、同条2項の直接適用はできないところ、94条2項類推適用により、外観通りの譲渡担保があることを、Aに対し、対抗できないか、を検討することになります。

ここで、民法94条2項類推適用するために、同条の趣旨を踏まえた次のような規範を立てます。

 94条2項の趣旨は、虚偽の外形を信頼した第三者を、帰責性のある真の権利者に
優先して保護する権利外観法理にある。
 そこで、①虚偽の外観の存在、②真の権利者の帰責性、③外観への信頼がある場合は、94条2項の適用場面と同様の利益状況にあるといえるから、同条項を類推適用して
三者を保護すべきである。
 ③外観への信頼については、真の権利者との利益衡量によって過失の要否を
判断すべきである。

上記の94条2項類推適用に関する一般的な規範を立てつつ、本問の状況を分析していくと、次のような状況が見て取れます。

Aは,これらの書面の意味を理解できなかったが,これで甲建物の登記名義の移転は万全であるというBの言葉を鵜呑みにし,書面を持ち帰って検討したりすることなく,その場でそれらの書面に署名・押印した。

上記事実に対する評価は当てはめのところで行うとして、これらの事実は「権利者に虚偽の外観そのものについての承諾はないが、これに匹敵するほどの重い帰責性が認められる場合」として民法第94条第2項及び第110条の類推適用により第三者が善意無過失の時に保護されるとする判例があります(最判平成18年2月23日民集60巻2号546頁)。

類型論の話になりますが、94条2項類推適用の場面として、いわゆる"外形要因型"とされているものです。類型の名前ではなく、どういう利益状況であるか・判例がどう処理しているかを把握しておく必要があると思われます。

外形要因型について

外形要因型は、権利者に虚偽の外観そのものについての承諾はないが、これに匹敵するほどの重い帰責性が認められる場合です(最判平成18年2月23日民集60巻2号546頁等)。

例えば、AがBに対して合理的理由なく登記済証等を預けたままにし、Bに言われるがままに印鑑登録証明書を交付したり、Aの面前で登記申請書にBがAの実印を押捺するのを漫然と見ていたことにより、A所有の不動産につきB名義の不実の所有権移転登記が完了し、Cが当該不動産を買い受けたような場合等が挙げられます。

要は、自らの振る舞いが外形を作り出す要因になってしまった類型です。外形作出について承諾したわけではないですが、それに匹敵する帰責性(漫然と放置していた、言われるがままだった)があるケースです。本問の事例は、まさしく外形要因型にあたります。

反対に、外形作出について承諾がある場合は"意思外形対応型"と"意思外形非対応型"に分かれます。

意思外形対応型

意思外形対応型は、作出された外観が本人の予定した外観と同様の場合をいいます。虚偽の外観作出に関して本人の関与の程度が高く、帰責性が大きいため、第三者善意であれば民法94条2項類推適用で保護されることになります。

例えば、AがBに対してA所有の土地の登記をB名義に移転することを承諾していた場合が挙げられます。Aが承諾していた内容がそのまま実現されたケースですから、本人は思いっきり関与してますし、帰責性も大きいです。

意思外形非対応型

意思外形非対応型は、本人の予定した外観以上の外観が作出された場合をいいます。本人の許した以上の外形が無断で作出され、それを第三者が信頼した場合、本人の帰責性は比較的小さいため、110条の法意に照らし、第三者には善意無過失まで要求されることになります(最判昭和47年11月28日民集26巻9号1715頁等)。

例えば、AがBに対してB名義の仮登記のみを許しただけであったにもかかわらず、Bが無断で本登記に直してCに売却してしまったような場合が挙げられます。代理の権限踰越(ゆえつ)の場合と類似している状況であるため、110条の法意に照らして第三者の保護要件に善意無過失まで要求しています。

本問のあてはめについて

類型論は、上記の通りですが、設問に戻って具体的に検討していきます。

①虚偽の外観の存在、②真の権利者の帰責性、③外観への信頼がある場合の要件をすべて満たす場合に、第三者たるCは保護されます。

まず譲渡担保を登記原因とする所有権移転登記(本件登記)が存在するので、虚偽の外観の存在は認められます(①充足)。

次に、、AがBの言葉を鵜呑みにしたり、書面を検討することなく押印するなど権利者に虚偽の外観そのものについての承諾はないが、これに匹敵するほどの重い帰責性が認められます(②充足)。類型論は、規範の要件を充足にあたり特に評価すべきパターンを整理するうえで役に立ちますが、最終的に要件効果の充足性を判断するところが目的であることを忘れないようにしたいです。

最後に、外観への信頼ですが、真の権利者との利益衡量によって過失の要否が定まります。外形要因型、すなわち虚偽の外観そのものへの承諾こそしていないがそれに匹敵するほど帰責性が認められる場合には、民法94条2項と110条の類推適用により第三者保護要件として善意無過失が求められます。問題文では、次のように言及されています。

Cは,Aが実際には甲建物の譲渡担保権者でないことを知らなかったが,知らなかったことについて過失があった。

上記の記載から見るに、CはAが甲建物の譲渡担保権者でないこと、すなわち所有権移転登記に示された外観が虚偽であることについて善意であることはわかります。しかし、過失があったので保護要件たる善意無過失を満たすことはできません(③不充足)。

したがって、Cは虚偽の外観を信頼したとはいえ94条2項類推適用の要件を満たすことはできず、甲建物の所有権を取得することはできないことになります。

このことから、所有権に基づく妨害排除請求権としての本件登記抹消登記手続請求権の要件(①Cが甲建物の所有権を有していることと、②本件登記が存在していること)のうち、②は認められますが、①は認められません。

結論として、Cの請求は認められないことになります。

〔設問2〕について

設問2は、第5段落から第9段落までの内容を踏まえた上で。CE間の法律関係とCのEに対する請求、EのCに対する請求が問題となります。

CE間の法律関係について

まず、本問における訴訟物は、所有権に基づく返還請求権としての甲建物明渡請求権です。

かかる請求が認められるための要件は、①Cが甲建物の所有権を有していることと、②Eが甲建物を占有していることです。これらの要件は充足しているので、Cの請求が認められることになりそうです。

これに対するEの反論として、賃貸人・賃借人間の賃貸借契約が合意解除された場合には、賃貸人は、この合意解除を転借人に対抗することができず(613項3項本文)、転借人の権利は消滅しないと主張することが考えられます*2

本件では、Dは、Cに承諾を得て転貸をしているため、「賃借人」たるDが「適法」に甲建物という「賃借物」を転貸しているため、CD間合意解除を「転借人」たるEに対抗することはできません。合意解除に至る前に既に賃借人の不履行による解除権が発生していたというような事情があれば、合意解除を転借人に対抗できますが(613条3項ただし書)、そのような事情もありません。

したがって、Eの上記反論が認められ、Cの請求は認められないことになります。

ここまでが、CE間の法律関係の前半部分です。後半部分としては、利害関係人の法律関係をどう解するべきかという問題があります。

この点につき、613条1項の趣旨は合意解除による賃借人の権利放棄は、正当に成立した他人の権利を害する場合には許されないという信義則にあるので、このような趣旨に従えば、転借人の権利が保護されればよいことになります。

したがって、(CD間の)原賃貸借契約は消滅し、賃貸人が転貸人の地位を承継すれば足りることになります。

改正民法613条3項は新設規定ですが、判例法理を明文化してものであることから当該判例の趣旨を踏まえることが重要であることを再認識しました。

CのEに対する請求について

CはEに対し、主位的に所有権に基づく甲建物明渡請求、予備的に賃貸借契約に基づく賃料支払請求をしています。最初に甲建物明渡しを求め、それが認められなかったときに(CD間の)賃貸借契約に基づく(Dが払っていた)賃料支払請求をしていることになります。

まず主位的請求ですが、CE間の法律関係として、Cが転貸人の地位を承継するとする立場をとった以上、CE間にDE間で締結された転貸借契約が存在することになり、Cの請求は認められないことになります(CがDの地位を承継し、賃貸人・転借人間に直接の賃貸借関係が生じ、DE間の転貸借契約の内容が、CE間の賃貸借関係にも妥当する*3)。

次に予備的請求ですが、賃貸人であるCが転貸人であったDの地位を引き継ぐ以上、DE間の賃料である15万円しか請求できないことになります。

したがって、Cの請求は15万円の限度で認められることになります(Dが支払義務を負っていた賃料月額25万円の請求はできない)。

EのCに対する請求について

第9段落にて、Eは雨漏りの修繕費として30万円を支出しています。このような目的物を使用収益に適する状態に維持保存するために要する費用*4必要費といいます。雨漏りの修繕費用はもちろん、畳替えの費用も含まれます。

賃借人が必要費を出した場合には、直ちに、賃貸人にその償還を請求できるところ、要件としては①「賃借人が」②「賃借物について」③「必要費を支出した」ことの3点が挙げられます。

具体的な要件の検討ですが、CE間では、DE間で締結された転貸借契約が存続することになります。そのような契約関係の下、Eは賃借人にあたり(①充足)、甲建物は賃借物にあたることに異論はありません(②充足)。必要費については先程述べた通りです(③充足)。

なお、必要費の償還は誰にできるでしょうか。CD間における合意解除が平成27年3月10日であるのに対し、雨漏りの修繕費用支出は同年2月15日に支出しています。雨漏りの修繕費用支出当時は、Eにとっての賃貸人はDであったわけですが、平成27年5月18日時点で、Eは転貸人であったDと賃貸人であるCのどちらに必用費償還請求をすべきでしょうか。

Eが必用費支出後「ただちに」償還請求をするとしたら、支出当時の賃貸人であったDにすべきですが、5月18日現在の賃貸人であるEに対して請求できないでしょうか。

ここで、有益費*5の場合は、償還請求できるのは「賃貸借の終了の時」(608条2項)であるので、その時点での賃貸人が償還請求の相手方となります。必要費の場合でも同様に妥当しないでしょうか。

この点については、費用償還にあっては、賃借人はこれを被担保債権として、賃貸借契約終了後も留置権(295条1項)を行使できるとする判例*6があります。この判例では、「直ちに」(608条1項)の趣旨目的を賃借人の利益に配慮したものであって、現在の所有者に対して償還請求できないことを規定したものではないこととしています。その結果、有益費償還請求の相手方が必要費償還請求も妥当することを認めています。

したがって、EのCに対する必要費償還請求権(608条1項)は認められることになります。

終わりに

今回は平成29年度予備試験民事系第1問を扱いましたが、今回の起案では、設問1・設問2ともに規範の設定がなかったり理解を示せていなかった節がありました。

また、原賃貸借契約が合意解除された場合に原賃貸借契約が残るのか、転貸借契約における転貸人の地位を引き継いで賃貸人・転借人間の賃貸借関係が生じるのかといった流れを抑えていなかった点が起案に厚みを持たせられなかった原因でした。

民事系の法律では、要件を充足したら効果が発生するということを常に念頭に置きつつ、具体的事例でどう処理されているか流れを俯瞰する必要性を強く感じました。

あと最後に、適用すべき条文を見つけた後は、文言にあてはめ・用語の定義に言及といった基本に忠実な書き方を愚直に守って今後の起案に反映させていけたらと思います。

ここまでお読みいただきありがとうございました。質問・感想・意見等がございましたら、twitter@Daisuke_12A11までお願いします。

*1:大判明治44年12月16日民録17輯808頁

*2:従来から、同旨の判例があり、それを明文化したもの。大判昭和9年3月7日民集13巻278頁〔小作地の転貸借〕

*3:法学教室2012年12月号89頁

*4:山本豊ほか『民法5 契約』(2018, 有斐閣)209頁

*5:目的物の価値を高めるための費用。借家の増改築費用、借地の盛り土費用など。前掲 山本)210頁

*6:大判昭和14年4月28日民集18巻7号484頁

2022年度司法予備試験短答合格に向けて

はじめに

本日は、中央大学の頃から付き合いのある友人と再び通話する機会に恵まれました。その際に、勉強方法や学修計画についてアドバイスをもらいましたので、整理したいと思います。

先日、2021年度司法予備試験の短答の結果を法務省で確認しましたところ、見事に落ちていました。これ自体は、自己採点段階で分かっていました。ただ当時悔しさを然程感じなかったあたり、本気ではなかったことを実感し、後から悔しく思うようになりました。

なので、2022年度予備試験の短答には確実に合格します。そのために、本記事で学習計画を書き留めておきます。

司法予備試験短答に合格しておくと、論文試験を受けられるだけでなく、合格実績により様々なメリットを享受できます。

legaltec.jp

予備試験のうち、短答試験であっても合格しておけば大きな実績になると知りました。こうしたメリットを強く意識できればモチベーションも大いに向上すると思われます。

以下、全体的な計画と各科目ごとの計画を書いていきます。また、当記事は進捗に応じて随時更新して行きます。

全体計画

  • 2021年6月13日~2021年7月31日:民事訴訟
  • 2021年8月1日~2021年8月31日:刑事訴訟法
  • 2021年9月1日~2021年9月30日:商法
  • 2021年10月1日~2021年10月31日:行政法
  • 2021年11月1日~2021年12月15日:刑法
  • 2021年12月16日~2022年1月31日:憲法
  • 2022年2月1日~2022年2月28日:民法

まずは、1ヶ月~1ヶ月半単位で特定の法律に集中するスケジュールを立てました。そして、スケジュール内で逐条六法などの参考書を3週回す予定でいます。問題自体は、分野別にTKCローライブラリーを活用して解くことにします。

各科目ごとの進捗、年度明けから予備試験本番までのスケジュール調整は追って追記します。

民事訴訟

6月13日から計画の実行開始。TKCローライブラリーに平成18年度から26年度まであるので、1日1年度解いて翌日に復習する形式にしました。

参考テキストとしては、早稲田経営出版の逐条テキストを使用します。

6月18日時点で平成18年度の復習が終わっていないので、まずはこの年度の復習を終わらせます。

終わりに

久しぶりに中央大学時代の友人と話し、現状の学習計画の不備に気づき急ピッチで整理しました。合格者とのコミュニケーションの機会も定期的に取り入れて勉強計画の見直しが必要だと感じている次第です。

ここまでお読みいただきありがとうございました。質問・感想・意見等がございましたら、twitter@Onigohri_362 までお願いします。

 

 

 

 

終わりに

 

 

債権譲渡について

はじめに

今週は、民法の債権譲渡に関する事例問題を扱う機会に恵まれたので、この機会を利用して再度整理することにしました。

債権譲渡について

債権譲渡とは、債権の同一性を変えることなく、債権を法律行為(契約または遺言)によって移転することです*1債権の同一性を変えることなく帰属主体を変更することをその内容としています。

債権譲渡は、不良債権処理集合債権譲渡担保のほか、担保付債権を小口化・証券化して商品として流通させるために行われます*2

債権譲渡の関係当事者としては、債権の譲渡人債権の譲受人債務者が挙げられます。そして、債権譲渡がなされた場合、債権の譲受人が債務者に対してその債務の履行を請求することになりますが、請求原因事実として主張するべき事実は、一般的な形で提示すれば、次のようになります。

  1. 譲受債権の発生原因事実
  2. 譲受債権の取得原因事実

なお、上記に加えて、契約によっては、3. 弁済期の到来 をも主張する必要があります。すなわち、譲受債権の発生原因事実の主張の際に、弁済期の合意の存在が明らかになる場合です。例えば、譲受債権が消費貸借契約に基づく貸金債権であった場合には、その請求は賃金返還請求にほかならないため、1, 2 の他に、消費貸借契約で定められた返還時期が到来したとの事実を主張することが必要になります*3

債権の譲受人が主張する請求原因に対して、債務者が主張し得る抗弁として、譲渡禁止特約(民466条2項)、債務者対抗要件(民467条1項)、弁済その他の譲渡人に対して生じた事由(民466条3項)などがあります。

また、債務者としては、債権が二重に譲渡されたことを前提として、三者に対する対抗要件(民467条2項)、三者対抗要件具備による債権喪失受領権者としての外観を有する者に対する弁済(民478条)などの抗弁を主張することが考えられます。

これまでは、債権譲渡に関連する論点の全体像が見えていませんでしたが、要件事実論を学ぶことで論点が抽出できたと感じております。以下、各抗弁について見ていきます。

譲渡制限特約

債権には原則として譲渡性があり(民法466条1項本文、債権者・債務者間で債権の譲渡を禁止・制限する旨の特約(=譲渡制限特約)を締結したときであっても、「債権の譲渡は、その効力を妨げられない」とされています(同条2項)。つまり、特約があるにもかかわらず行われた債権譲渡も有効です。

その一方で、改正法は、弁済すべきことが固定されることについて債務者が有する利益にも一定の配慮をしています*4。すなわち、譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人その他の第三者に対しては、債務者は、その債務の履行を拒むことができるとしています(同条3項)。

債務者の抗弁

債務者は、譲渡制限特約による履行拒絶の抗弁として、次のように主張することになります。

  1. 譲渡人・債務者間で譲渡制限特約が締結されたこと
  2. 譲受人が債権を譲り受けた際に、譲渡制限特約の存在につき悪意又は知らなかったことにつき重過失であったこと*5
  3. 譲渡債権に基づく債務の履行を拒絶する旨の権利主張*6
譲受人の再抗弁①

もっとも、譲受人が悪意・重過失であったとしても、債務者に対して相当の期間を定めて譲渡人への履行催告したのに、債務者がその期間内に履行しないときは、債務者は譲渡制限特約をもって譲受人に対抗することができなくなり、譲受人からの履行請求を拒むことはできません(同条4項)。

ここで、債務者の立場から考えてみると、債務者は「対抗要件具備時までに譲渡人に対して生じた事由」を譲受人に対抗できることになります(468条1項)。時的要素として"対抗要件具備時"とありますが、468条2項で466条4項の場合は、条文の読み替えが必要になります。すなわち、「対抗要件具備時」までではなく、466条4項に規定する「相当の期間を経過した時」となります。

その結果、債務者は、譲受人から「譲渡人への履行」を催告された場合、「相当の期間を経過した時」までに譲渡人に対して生じた事由(弁済など)を対抗できることになります。例えば、弁済を催告後の相当の期間内になしえなかった場合、かかる抗弁は主張できないことになります。

債務者の譲渡制限特約による履行拒絶の抗弁に対し、譲受人は再抗弁として、以下の事実を主張立証することができます。

  1. 譲受人が債務者に対して譲渡人への履行催告したこと
  2. 上記の催告後相当期間が経過したこと
譲受人の再抗弁②

譲渡制限特約の目的は、もっぱら債務者の利益を保護するためのものであるから、譲渡制限の意思表示がされた場合であっても、債務者は譲渡を承諾することができ、その承諾は、譲渡制限特約に基づく抗弁を放棄する意思表示としての意味を有すると解される。 

したがって、債務者の譲渡制限特約による履行拒絶の抗弁に対し、譲受人は再抗弁として、以下の事実を主張立証することができます。

  1. 債務者が債権譲渡につき譲渡人又は譲受人に対し承諾の意思表示をしたこと

この承諾の時期は、債権譲渡の前後を問いません。事後的であっても、債務者が債権譲渡を承諾すれば,譲渡時に遡って債権譲渡は有効になります(最判昭和52年3月17日民集31巻2号308頁)。

  • 差押えとの関係について(承諾後の譲渡債権の差押え)
    判例は、債務者の承諾後に譲渡債権が差し押さえられた事案において、「譲渡に際し債権者から債務者に対し確定日付のある譲渡通知がされている限り、債務者は、右承諾以後において債権を差し押さえ転付命令を受けた第三者に対しても、右債権譲渡が有効であることをもって対抗することができるものと解するのが相当であり、右承諾に際し改めて確定日付のある証書をもってする債権者からの譲渡通知又は債務者の承諾を要しないというべきである」と判示しました(最判昭和昭和52年3月17日民集31巻2号308頁)。これにより、債務者の承諾によって、債権譲渡が譲渡時にさかのぼって有効となるのであれば、その対抗力も、債務者の承諾の時からではなく、確定日付のある通知が債務者に到達した時にさかのぼって生じることを認めるものであると解されます。
  • 差押えとの関係について(承諾前の譲渡債権の差押え)
    判例は、債務者の承諾前に譲渡債権が差し押さえられた事案について、「…債権
    譲渡は譲渡の時にさかのぼって有効となるが、民法 116 条の法意に照らし、第三者の権利を害することはできないと解するのが相当である」としています(最判平成9年6月5日民集51巻5号2053頁)。
    なお、116 条但書によって制限されるのは、対抗力の遡及効ではなく、債権譲渡
    自体の遡及効であると解されます。なぜなれば、116 条において遡及効が問題となるのは無権代理行為そのものであり、これに照らして考えると、譲渡自体の遡及効を問題とすべきであるからです。

債務者対抗要件

譲受人の請求原因に対し、債務者は、債務者対抗要件の抗弁(民467条1項)として、次のように権利主張することができる。

  1. 債権譲渡につき、譲渡人が譲渡の通知をし又は債務者が承諾しない限り譲受人を債権者とは認めない。

債務者対抗要件の主張立証責任について権利抗弁説*7に立つと、譲受人が請求原因で債権債務の発生原因事実を主張すると、債務者が正当な利益を有する第三者であることも現れるから、ここでは権利主張のみを適示すれば足りる。

対抗要件の具備は、債権譲渡登記によることも可能です(債権譲渡特例法4条)。なお、債権譲渡登記の譲受人が債務者対抗要件を具備するためには、債権の譲渡及びその登記をしたことにつき、譲渡人又は譲受人が債務者に対して登記事項証明書を交付して通知するか、債務者が承諾する必要があります(同条第2項)。

弁済その他の譲渡人に対して生じた事由

債権譲渡は、債権の同一性を変えることなく、その帰属主体を変更するものなので、債権に付着していた抗弁事由は、譲渡後もそのまま存続することになります。

民法468条1項の「対抗要件具備時までに譲渡人に対して生じた事由」として、同時履行の抗弁権留置権といった抗弁権に限らず、弁済期の猶予弁済等による債権の全部または一部の消滅、債権を発生させた契約の無効取消し解除など、一切の事由が含まれます。

なお、解除や取消しそれ自体は債権譲渡通知後でも、それ以前にその原因が成立していれば468条1項が適用されると考えられています*8

解除について

判例は、請負契約において、仕事の未完成部分の請負報酬債権が譲渡された後、請負人の債務不履行を理由に注文者が契約を解除した事案で、債権譲渡時にすでに契約解除に至るべき原因が存在していたときは改正民法468条1項*9の抗弁事由に当たることを認めていました(最判昭和42年10月27日民集21巻8号216頁)ここでは、解除そのものがされている必要はなく、解除に至るべき双務契約という原因関係を、「対抗要件具備時までに譲渡人に対して生じた事由」(468条1項)と考えることになります。

すなわち、債権譲渡通知を受けるまでに、抗弁事由が具体的に発生していたことは不要で、抗弁事由の発生の基礎があれば足り、その基礎についても、抗弁事由の発生する一般的・抽象的可能性としての基礎が発生していれば足りると解されます。

契約解除への合理的な期待

上記のように解される理由は、債権譲渡の対抗要件具備時までに解除権の発生原因というべき契約が締結されていれば、解除権が既に生じている場合と同様、契約を解除することに合理的な期待が譲渡債権の債務者にあると評価されたことにあります。

ここで、期待の合理性は、最判昭和42年では、報酬支払債務と仕事完成債務が同一の請負契約に基づく2つの対価関係にある債務であることに求められています。

すなわち、両債務がそのような関係にあればこそ、譲渡された報酬支払債権のⓐ債務者は、同一の契約から既に生じていた反対債務の仕事完成債務が履行されなければ自らの報酬支払債務も履行しないで済むように請負契約を将来いつでも解除することができると期待することが合理的であるし、逆にⓑ譲受人も、自らの譲り受けた報酬支払債権は既に生じている反対債務の仕事完成債務が履行されなければ契約が将来解除されて消滅すると覚悟すべきであると評価されました*10

相殺について

上記の「原因」を基礎とする最判昭和42年判決の論理は、「前の原因」による相殺の拡張を定める改正民法469条2項1号・511条2項の論理としても有効です。

すなわち、同判決は、実際は注文者が異議をとどめない承諾*11をした事案でしたが、債権譲渡の通知により承継される抗弁*12と同じ前提で判断を下しており、その内容は、改正法にて債務者の抗弁(改正民法468条1項の「譲渡人に生じた事由」)の一般的な解釈を示したとされています*13

  1. 対抗要件具備時より前に債務者が取得した債権(469条1項)
  2. 対抗要件具備時より「前の原因」に基づいて生じた債権(469条2項1号)
  3. 譲受人の取得した債権の発生原因である契約」に基づいて生じた債権(469条2項2号)

上記の債権については、債務者は、当該債権による相殺をもって譲受人に対抗できるとしました(改正民法469条1項、2項本文)。もっとも、469条2項1号・2号の債権については、債務者は、対抗要件具備時より後に他人から取得したときは、相殺をもって譲受人に対抗することはできないとされています(同条2項ただし書)。

民法469条2項ただし書の趣旨は、対抗要件具備時より後に他人から取得した債権による相殺がされる場面では、対抗要件備前に譲渡人・債務者間で相殺への合理的な期待利益を認めることができないから、このような債権を自働債権とすることを認めないとしたものです*14

集合債権譲渡担保について

債権の譲渡の有効性が問題となる場面として、将来債権の譲渡が挙げられます。改正民法466条の6では、1項と2項において、将来債権が譲渡可能であること譲渡された将来債権は譲受人が当然に取得すると規定してします。包括的に譲渡の合意をしておけば、個別の債権が成立したごとに譲渡の合意をする必要はなく、当然に譲渡の効力が生ずることになります*15

将来債権の譲渡については、集合債権譲渡担保契約において問題となりますので、以下、整理して行きます。

まず、債権譲渡担保とは、債務者が第三債務者に対して有する金銭債権を担保目的で債権者に譲渡し、債務者が債務不履行に陥ったときに、債権者が譲り受けた債権を行使して、自らの債務者に対する債権を回収する方法です*16

次に、集合債権譲渡担保とは、取引相手方に融資をするに当たり、相手方が取引活動の過程において取得する、一定の識別基準で範囲を画される既発生、未発生の多数債権の債権群(集合債権)を、債権譲渡という形式を用いて担保化するという非典型担保です*17

金融実務においては、これら集合債権を担保に供するという方法への需要が強く、特に、消費者金融会社、リース会社、信販会社等、顧客に対する指名債権を主要資産とする企業の資金調達や、商社取引においては、担保として資金を調達し、個々の債権の回収金をそのまま事業資金として使用するという集合債権譲渡担保の有用性、必要性は高いです。

集合債権譲渡担保には、予約型本契約型の2つの形態があり、予約型はさらに停止条件型と予約完結型に分かれます。

  1. 予約型
    譲渡担保契約時に債権譲渡の効果は生じず、債務者に支払停止や破産手続開始決定の申立てなどの一定事由が生じた場合に債権譲渡の効果が発生するという形態
    (1) 停止条件型:上記の一定事由の発生を停止条件として債権譲渡の効果が生じる
    (2) 予約完結型:契約締結時に譲渡の予約だけして、上記の一定事由が生じた時に債権者が予約完結権を行使して債権譲渡の効果を発生させる。

  2. 本契約型
    譲渡担保契約と同時に債権譲渡の効果を発生させるが、設定者(債務者)に信用不安や経営悪化が生じて債権者(譲渡担保権者)が第三債務者に譲渡担保権実行の通知をするまで、債権取立ての権限が付与されているもの

集合債権譲渡担保については、金融取引社会の進展・変容に伴って生成・発展してきた担保手段であるので、この譲渡担保が対象とする債権の特定性、対抗要件の具備の方法およびその効力などに関して、判例が重要な役割を果たしていました*18

将来債権の譲渡について

改正民法466条の6は、将来債権の譲渡(担保)は有効であることを前提としていることは、上述の通りです。

将来債権の譲渡の有効性については、目的債権が他の債権から識別できる程度に特定債権の発生原因内容始期と終期などによる)されていれば,有効であり,将来の当該債権の発生の可能性の高さは債権譲渡の効力に影響を及ぼさないとしています(最判平成11年1月29日民集53巻1号151頁)。この判例は現在においても妥当するものといえます。

また、将来債権の譲渡ないしそれを含む集合債権譲渡担保につき、目的債権の移転時期が譲渡または譲渡担保設定契約時(契約時移転説)か、目的債権の具体的発生時(債権発生時移転説)が判例・学説上争われていました。

判例は、将来債権の譲渡担保と国税徴収法24条に基づく譲渡担保権者の物的納税責任との関係が問題となった事案について、契約時移転説を採用するものとされています(最判平成19年2月15日民集61巻1号243頁)。当該事案における争点は、下記の通りです。

  • 債権譲渡と物的納税責任の優劣は、債権譲渡の対抗要件具備と国税の法定納期限との先後で決するか
  • 対抗要件具備が先でも法定納期限到来後に将来債権が発生した場合には、なお国税が優先するのか

最高裁は、「将来発生すべき債権を目的とすることは譲渡の目的とされる債権が特定されている限り、原則として有効なものである」ことを前提に、「将来発生すべき債権を目的とする譲渡担保契約が締結された場合には、債権譲渡の効果の発生を留保する特段の付款のない限り、譲渡担保の目的とされた債権は譲渡担保契約によって譲渡担保設定者から譲渡担保権者に確定的に譲渡されているのであり、この場合において、譲渡担保の目的とされた債権が将来発生したときには、譲渡担保権者は、譲渡担保設定者の特段の行為を要することなく当然に、当該債権を担保の目的で取得することができるものである。」とし、対抗要件具備も可能であるとしています。

また「国税の法定納付期限等以前に、将来発生すべき債権を目的として、債権譲渡の効果の発生を留保する特段の付款のない譲渡担保契約が締結され、その債権譲渡につき第三者に対する対抗要件が具備されていた場合には、その債権譲渡につき第三者に対する対抗要件が具備されていた場合には、譲渡担保の目的とされた債権が国税の法定納期限の到来後に発生したとしても、当該債権は『国税の法定納期限等以前に譲渡担保財産となっている』ものに該当する」として、対抗要件具備と法定納期限の先後で優劣を決するとしました。

取立委任特約付きの将来債権譲渡担保契約について

集合債権譲渡担保には、予約型と本契約型があることは既に述べた通りです。本契約型では、契約締結時に通知等がなされただけで、債権者との合意で債権の取立権限が設定者に付与されている場合に譲渡担保の実行時にあらためて通知等を要するか否かが問題となった事案があります。

判例は、そのような事案において、全体として譲渡担保であることが明らかであれば(第三債務者は通知等により債権帰属の確定的変動を認識し得るから)、契約時の通知による第三者による第三者対抗要件の効果を妨げるものではないとします(最判平成13年11月22日民集55巻6号1056頁)。本判決の調査官解説は、取立委任の内部的合意があることが「契約時に確定的に債権を移転させる債権譲渡契約であることと矛盾するものではない」としています。

また、取立委任特約付きの将来債権譲渡担保契約がされた場合でも,将来債権譲渡対抗要件は、譲渡契約時に具備されていればよいとされています。

なお予約型においては、ゴルフ会員権の譲渡予約の事案において、第三債務者は、予約時に通知等がなされても予約完結権行使により債権帰属が将来変更される可能性を了知するにとどまり、当該債権の帰属に変更が生じた事実を認識するものではないから、予約完結権行使時以降にあらためて対抗要件具備が必要になるとしています(最判平成13年11月27日民集55巻6号1090頁)。

三者対抗要件について

債権譲渡、特に集合債権譲渡担保設定にかかる第三者対抗要件を備えるためには、確定日付のある証書による通知又は承諾(467条2項)か動産債権譲渡特例法4条1項の登記によることができます。

債権の譲受人から請求を受けた債務者が、債権を二重に譲り受けた第三者があり、譲受人が第三者対抗要件を具備していないことを主張して弁済を拒絶するために主張立証しなければならない要件事実は、以下の通りです。

  1. 三者の譲渡人からの債権取得原因事実
  2. ⑴ 譲渡人から第三者への債権譲渡につき、それ以後に譲渡人が債務者に対し譲渡の通知をした事実 or 
    ⑵ 譲渡人から第三者への債権譲渡につき、債務者が譲渡人もしくは第三者に対し承諾した事実
  3. 譲渡人から譲受人への債権譲渡につき、譲渡人が確定日付ある証書による譲渡の通知をし、もしくは債務者が確定日付ある証書によって証書による承諾をしない限り、譲受人を債権者と認めない 

なお、 債権が二重に譲渡され、いずれについても確定日付のある証書による通知がなされた場合の二重譲受人相互の優劣の決定基準については、確定日付のある通知が債務者に到達した日時の先後が二重譲受人相互の優劣の決定基準となる(到達時説)と解されています(最判昭和49年3月7日民集28巻2号174頁)。

いずれの譲渡通知も債務者に到達したが、その到達の先後関係が不明であるためにその相互間の優劣を決することができない場合は、各通知が同時に債務者に到達した場合と同様に扱うべきとされています(最判平成5年3月30日民集47巻4号3334頁)。

受領権者としての外観を有する者に対する弁済

民法478条は、受領権者以外の者であって取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有する者に対してした弁済は、弁済者が善意かつ無過失であるときに限り、これを有効とします。

債権が二重譲渡された場合の対抗関係において、劣後譲受人がこのようなケースに該当するかは争いがあります。これについて、民法467条2項の規定は、債務者の劣後譲受人に対する弁済の効力についてまで定めているものとはいえず、その弁済の効力は、債権の消滅に関する民法の規定によって決すべきものであるから、二重に譲渡された債権の債務者が、同項所定の対抗要件を具備した他の譲受人より後にこれを具備した譲受人に対してした弁済についても、同法478条の規定の適用があるものと解すべきとした判例があります(最判昭和61年4月11日民集40巻3号558頁)。

また、債務者が劣後譲受人に対する弁済につき無過失であったといえるためには、優先譲受人の債権譲受行為又は対抗要件に瑕疵があるためその効力を生じないと誤信してもやむを得ない事情があるなど劣後譲受人を真の債権者であると信ずるにつき相当の理由があることが必要であるとされています。このため、債務者は、相当の理由があるとの評価を根拠づける具体的事実を主張しなくてはなりません。

終わりに

今回は債権譲渡の問題に関連する論点を扱いましたが、債権法から担保物権法に至るまで扱うことになり、かなりの分量になってしまいました。

判例のロジックを理解するにあたり、実務で運用されている実態などの背景事情に触れることで、判旨を眺めている状態から当事者的な視点を持ったアプローチができるのではないかと感じた次第です。

本記事は、かなり駆け足で書いてしまいましたので、今後も随時加筆・修正していこうと思います。

ここまでお読みいただきありがとうございました。質問・感想・意見等がございましたら、twitter @Daisuke12A11 までお願いします。

*1:奥田昌道『債権総論』509頁(悠々社・増補版, 1992)

*2:平野裕之『コア・テキスト 民法Ⅳ 債権総論 第2版』286頁(新世社, 2017)

*3:村田渉・山野目章夫『要件事実論30講〔第4版〕』427頁(弘文堂, 2018)

*4:白石大「◆特集 民法の重要論点を解きほぐす Ⅲ 債権譲渡制限特約を譲受人に対抗しうる場合の法律関係」法教478号18頁(2020, 有斐閣

*5:従来の判例も、債権譲渡禁止特約について悪意の譲受人等の第三者には対抗できるとし、債務者が当該第三者の悪意について主張・立証責任を負うと解していました(大判明治38年2月28日民録11輯278頁)。この辺りの解釈は、改正民法466条2項でも同様です。

*6:譲渡制限特約による履行拒絶の抗弁は権利抗弁であると解されるから、権利主張することを要する。

*7:民法177条等における対抗要件に関する要件事実、主張立証責任の所在については、第三者の側でⓐ対抗要件の欠缺を主張し得る正当な利益を有する第三者であることを主張立証し、かつ、ⓑ対抗要件の有無を問題として指摘し、これを争うとの権利主張を要すると解すべきであるとする説

*8:平野・前掲注2) 296頁

*9:改正前民法468条2項

*10:三枝健治「◆講座 ケースで考える債権法改正〔第3回〕 相殺――「前の原因」による相殺の拡張」法教465号86頁(2019, 有斐閣

*11:改正前民法468条1項の「譲渡人に対抗することができた事由」

*12:改正前同468条2項の「譲渡人に対して生じた事由」

*13:三枝・前掲注10) 87頁

*14:村田・前掲注3) 444頁

*15:平野・前掲注2) 288頁

*16:後藤巻則ほか『プロセス講義民法Ⅲ 担保物権』183頁(信山社, 2015)

*17:三村晶子「判解」最判解民事篇平成13年度 681頁, 688頁(2001)

*18:後藤・前掲注16) 184頁

平成28年予備試験民事系第1問の振り返り

はじめに

今回は、平成28年予備試験民事系第1問(民法)の起案を行った振り返りを行います。起案を行ったのが2021年4月24日(日)だったので、振り返りがだいぶ遅れてしまいましたが、やるとやらないでは大違いなのでやっていきます!

出題趣旨

本設問は、①他人物売買において売主が権利を買主に移転することができなかった
たことを理由に買主が契約を解除した場合に、買主は、売主に対してどのような請
求をすることができるか(特に、他人物売買であることについて買主が悪意である
が、売主から確実に権利を移転することができると説明されていた点をどのように
評価するか )、②他人物売買が解除された場合に、買主と目的物の所有者との間で
は、どのような清算をするのが相当か、さらには、③これらの検討を通じて、他人
物売買の売主、買主、目的物の所有者の三者間の利害調整をいかにして図るのが相
当かを問うものであり,これにより、幅広い法的知識や、事案に即した分析能力
論理的な思考力があるかどうかを試すものである。

出題趣旨を見るに、赤で強調した部分は他の科目でも求められているものなので、実務法曹として登用してもらうにあたり、身に付けておくべき基礎力であると分かります。

民法の問題としては、太字にした部分と下線を引いた部分が重要になります。今回のメイン論点は、他人物売買と解除です。他人物売買・解除についての規定は、債権法改正の対象となりましたので、出題当時とは解答の形式が少し異なることになります。

以下では、問題の分析と各問いの検討を行っていきます。

事案概要について

まずは、〔設問〕の内容から見ていきます。問題文も1ページだけですし、何を訊かれているかを把握しておくと読む際の指針になると思われます。

【事実】5におけるDのBに対する請求及びDのCに対する請求のそれぞれについて、その法的構成を明らかにしたうえで、それぞれの請求並びに【事実】5におけるB及びCの主張が認められるかどうかを検討しなさい。

本問では、DのBに対する請求とDのCに対する請求があり、それぞれの請求に対し、B及びCから反論があることになります。詳細は後で述べますが、請求とその反論は、特定の個人ごとに構成してもよかったのではないかと思います(DのBに対する請求とBの主張について、DのCに対する請求とCの主張について)。

時系列について

事例問題は、問題文において時の経過が見られるので、「いつ、誰が、何をしたか」に着目して分析することが重要であると思われます。5W1Hは、あらゆる科目における思考ツール、はっきりわかんだね。本問では、次のようになります。

1段落目について
  • H27.1.11 A死亡
    →甲機械:Cが取得
    →自宅およびその他の財産:Bが取得

法的効果が発生するような出来事がないか探してみると、まず平成28年予備試験7年1月11日にA死亡とあります。これは、相続の発生・権利義務の承継などが発生するイベントとしてチェックしておきます。

2段落目について
  • H27.5.22
    →BD間の本件売買契約(甲機械、500万円)
    →甲機械引渡し(B→D)、代金全額支払い(D→B)

 次に、Aの相続人である妻Bが、印刷業を営む知人Dと甲機械の売買契約(「本件売買契約」)を締結しています。売買の目的物である甲機械はCが取得したのに、BがDに売り捌いている辺り、他人物売買が問題になることが推認されます。

他人物売買において、売主は買主に対して「その権利を取得して買主に移転する義務」を負います(561条)。契約当事者がどのような義務を負っているかの把握、超重要。なお、権利移転義務については、まだ履行されていない段階です。出題趣旨で言及されていた、買主であるDが他人物売買について悪意で、売主Bが、Cから確実に権利を移転できると説明している状況です。

3段落目について
  • D:甲機械を修理(30万円支出)→稼働

Dは、引き渡された甲機械に対し、修理費を支出しています。契約時に故障個所は示されているので、支出すること自体はDも容認していたと思われます。

4段落目について
  • H27.8.30
    →C:Dに対する、所有権に基づく返還請求権としての甲機械引渡請求
    →D:Cに甲機械引渡し
    →D:Bに対し、本件売買契約解除の意思表示
    →D:代替の乙機会を購入(540万円)

海外に赴任していたCが帰国し、事例は一気に加速します。本来の所有者であるCが、Dに対して所有権に基づく返還請求権を主張し、Dは返し、Bに対して契約解除の意思表示を行っています。その後に、印刷業があるので代替機を購入しています。

5段落目について

1~4段落目までの事実を踏まえて、関係当事者の主張を請求ごとにまとめると次のようになります。

  • 第1 DのBに対する請求について
    1 D→B
    (1)本件売買契約の売買代金500万円の返還請求
    (2)代替機である乙機械を購入するために要した増加費用40万円の支払請求
    (3)修理による甲機械の価値増加分50万円の支払請求
    2 B→D
     使用価値相当額25万円支払い請求権との相殺権行使 
  • 第2 DのCに対する請求について
    1 D→C
     修理による甲機械の価値増加分50万円の支払請求
    2 C→D
     使用価値相当額25万円支払い請求権との相殺権行使

Dは、BとCに対して何を請求しているか、そしてBとCはDに何を主張しているか、法律行為の主体に着目して整理する必要があります。また、BとCの主張について、結局は相殺権を行使しようとしているものであると法的に読み取る必要があります。どんな表現がどういった法律効果を意図しているものなのかについて注意する必要があると感じました。

各請求について

DのBに対する請求について

1(1)について

まずDのBに対する請求が認められるための法律要件*1の検討を行います。

DはBとの間で本件売買契約を締結し、甲機械を購入し、甲の代金を支払いました。Dとしては、「甲機械を返却するから売買代金500万円を返せ」と主張することが考えられます。Dの主張は、解除権を行使した結果生じる原状回復義務(545条1項)によって認められるものと読み取れます。その結果、DのBに対する請求において、訴訟物は契約解除に基づく原状回復請求権ということになります。

この請求が認められるかを検討するために、545条1項の条文を見ると、①解除権の発生原因事実(「解除権」)と②①の解除権を行使する意思表示(「行使したとき」(540条))が必要であることが発生要件であることがわかります。条文の引用、超大事。

①について、契約当事者は契約(約定解除)又は法律の規定(法定解除)によって解除権が発生した場合は、これを行使することによって契約関係を解消できます(540条)。本問では、BD間の売買契約で解除条項みたいな取り決めはなされていないので、法定解除を検討することになります

また、改正法による改正後の民法では、債務不履行を理由とする法定解除が催告による解除(541条)と催告によらない解除(542条)に分けられています。本問では、Dは催告をすることなく解除をしているので、催告によらない解除の発生要件について検討することになります。

無催告解除が認められるための要件は、①ー1「債務」の①ー2「全部の履行が不能であるとき」(542条1項1号)となっています。①-2については、社会通念に従って決せられる。

①-1について、本件売買契約は、(Aから遺贈を受けた)甲機械の所有者Cではなく、Bが売主となっているので、他人物売買となります。その場合、「売主」たるBは、「他人の」甲機械の所有権という「権利」を本件「売買」の目的物としたことになります(561条)。このため、Bは、Cから甲機械の所有権という「権利」を取得して「買主」たるDに移転する「債務」を負っていることになります。条文の摘示引用が大事。

①-2について、本件では、Dは、所有者たるCから甲機械の返還請求を受けていることから、Bは、当該「権利」を取得して「買主」たるDに移転することは、社会通念上、不能となっています。

結論として、Bの上記「債務」は「全部の履行が不能」といえることになります(564条、542条1項1号)。

次に、②について、4段落目にてDはBに解除の意思表示を伝えているので、545条1項の要件を充足し、本件売買契約当事者であるB・Dには原状回復義務が生ずることになります。

したがって、原状回復義務(545条1項)に基づくDの請求は認められることになります。

なお、解除は、債権者を契約の拘束力から解放するための制度ですので、損害賠償の場面で問題となる免責事由・不可抗力も直ちに抗弁事由になるわけではありません*2。このため、債権者からの解除に基づく主張に対して、債務者は、債務不履行が自分の「責めに帰することができない事由」(415条1項ただし書)によるものであることを立証して、債権者の解除を否定することはできません。

1(2)について

甲機械(500万円)を購入するための出費は、(1)の請求で回収できることになりますが、Dは、甲機械の代替機として乙機械(540万円)を購入しています。その結果、当初の支出より40万円出費が増えています。

したがって、Dとしては、乙機械の購入に要した増加費用40万円の請求を主張することになります。訴訟物は、履行不能に基づく損害賠償請求権となります。

BD間の売買契約が履行不能になっていることは既に述べた通りです。その際に、Dには解除だけでは補填しきれない損害が生じていることから、かかる損害の賠償をBに請求することになります(415条1項本文)。

債務不履行に基づく損害賠償請求が認められるためには、①債務不履行の事実、②損害の発生、③①債務不履行と②損害との間の因果関係が必要です。

①について、本問では「債務の履行が不能あるとき」にあてはまりますが、これは(1)で述べた通りです。

次に、②についてですが、甲機械の返却代金と乙機械の購入代金の差額は-40万円となっていることから、40万円の損害が発生していると見ることができます。

さらに③について、売主の債務不履行により買主が第三者から代替物を購入したときはその購入価額が「通常生ずべき損害」(416条1項)であるとされています*3

Dは印刷業を営んでいるので、業務上購入した甲機械の代替機である乙機械を購入すれば、乙機械を購入するために必要な費用は「通常生ずべき損害」としてBの債務不履行との因果関係が認められることになります。

なお、Bは、「債務者の責めに帰することができない事由」(415条1項ただし書)によるとの反論を成し得ますが、他人物である甲機械を売却している以上、真の所有者であるCが所有権移転に協力しないことはB側が当然に負担すべきリスクであったといえるので、Bにとって不可抗力によって生じたリスクとはいえません。

したがって、Dの請求が認められることになります。

2021年6月5日追記

添削内容を確認しましたところ、代替機の購入費用を通常損害として評価していなかったことが判明しました。通常損害になる項目は、一覧化して押さえておく必要があると改めて実感しました。売主の債務不履行の場合、下記の通常損害が挙げられます*4

  • 代替物を購入した場合のその購入価格*5
  • 買主が第三者に転売契約を締結した場合のその転売利益または転売先に支払った賠償金*6
  • 目的物を買主が使用する目的で購入した場合にその使用による営業利益*7

さらに、民法565条括弧書きについてのご指摘もいただきました。すなわち、他人物売買においても民法565条→562条~564条の準用がされますが、565条括弧書きで「権利の一部が他人に属する場合」としている点です。「権利の全部」の場合は、担保責任ではなく債務不履行一般ルールによって対処することになります。*8

1(3)について

Dは、甲機械を業務上使用するために、50万円を支出して修理しています。甲機械をBに返還した時点において、甲機械の価値は50万円増加したといえます。Dとしては、この増加分の利益の返還を主張していくことになります。

その結果、Dの請求における訴訟物は、不当利得に基づく利得金返還請求権となります。根拠条文は703条となり、その要件は①他人の財産または労務によって利益を受けたこと、②他人に損失を与えたこと、③受益と損失との間に因果関係があること、④法律上の原因がないことです。

本件において、Dは、甲機械の修理のために30万円を支出しているため「損害」が認められます。しかし、これによってBが「利益」を受けたわけではありません。Bは、本権に基づき、返還請求をなし得る所有者ではないためです

したがって、Dの上記請求は認められません。

なお、196条2項による請求も、Bが本件に基づき、返還請求をなし得る所有者でないことから「回復者」ではないため認められません。

BのDに対する請求について

次に、Bの反論として、相殺の抗弁の提出が考えられます。甲機械の使用価値相当額25万円の支払請求を自働債権として、上記Bの原状回復義務としての代金返還債務と対等額で相殺(505条1項)をすることになります。

上記請求の要件は、①自働債権の発生原因(「2人が互いに同種の目的を有する債務」)と②相殺の意思表示(506条)となります。

本件では、自働債権、つまり、25万円の使用利益返還請求権が発生していることが必要となります。解除の効果として原状回復義務が生じ(545条1項)、各当事者は「果実」(545条3項)も返還しなくてはならないことになります。

ここで、「果実」に使用利益が含まれるか否かが問題になりますが、判例は、使用利益返還義務の法律的性質は、いわゆる原状回復義務に基づく一種の不当利得返還義務と捉えた上で、解除原因の所在を問わず、また返還請求者が所有者でない場合であっても、返還を肯定しています*9

したがって、使用利益は「果実」(545条3項)に含まれるので、Dは返還義務を負うことになり、Bの使用利益返還請求権が認められます。その結果、同一の原状回復義務から生じたB・Dの両債権は、「同種の目的」を有することになり、対等額にて相殺ができることになります。

DのCに対する請求について

次に、DのCに対する請求ですが、こちらは甲機械の所有者に対する請求となりますので、Cは「回復者」に当たります。

上記より、196条2項の有益費償還請求ができることになります。要件は、次に挙げる通りです。

  1. 物を改良し価値を増加させたこと(「その価値の増加」)
  2. 1. の際に、当該物を占有していたこと(「占有者」)
  3. 1. の行為につき費用を支出したこと(「その支出した金額又は増加額」
  4. 回復者が選択する意思表示をしたこと(「回復者の選択」)
  5. 選択された支出分又は増加額の金額

上述の要件は、それぞれにつき条文の文言に事実を適用することで足ります。

本件では、「占有者」たるDが、30万円を支出して甲機械を「改良し」もって50万円「価値を増加させた」ところ、「回復者」たる同機械の所有者Cが「増加額」50万円の「償還」を「選択しています」。

したがって、Dの上記請求は認められることになります。

CのDに対する請求について

次に、Cの反論として、相殺の抗弁の提出が考えられます。すなわち、甲機械の使用価値相当額25万円を自働債権として、Dの有する有益費償還債権と対等額で相殺すると主張することが考えられます(505条1項)。

上記請求の要件は、前述の通り、①自働債権の発生原因と②相殺の意思表示(506条)となります。

CはDとの契約関係にないので、CのDに対する使用利益返還請求権の発生根拠が問題となります。Dが「悪意の占有者」(190条1項)であれば、使用利益たる「果実」を返還する義務を負うことになります。

本件では、Bとの契約時点で、Dは真の所有者がCであることについて悪意です。このため、上記要件を充足し、Dは使用利益たる25万円の「果実」の返還義務を負うことになります。

したがって、同種の機械から生じた「同種の目的」を有する債権が存在するため(①充足)、Cは相殺権行使の意思表示(②充足)をすることによって、上記反論が認められる。

終わりに

今回の問題では、下記の内容が論点になっておりました。

  1. 履行不能に基づく解除権発生とその行使(D→B)
  2. 履行不能に基づく損害賠償請求権の発生要件(D→B)
  3. 不当利得に基づく利得金返還請求権(D→B)
  4. 使用価値相当額25万円の支払請求権との相殺権行使(B→D)
    →「果実」(545条3項)に使用利益が含まれるか*10、他人物売主が返還を求めることができるか*11
  5. 有益費償還請求権(196条2項)の要件(D→C)
  6. 悪意占有者の果実返還(190条1項)の要件(C→D)

上記内容のうち、不当利得返還請求と有益費償還請求について、誰を対象とするか(所有者を相手にしているか)によって行使できる権利が変わってくる点について認識が甘いところがありました。また、「回復者」(196条2項)が占有を回復した"所有者"を指す点についてもあまり意識できていなかったことから、条文の読み込みが甘いところがありました。

さらに、果実返還についても契約関係の有無によって依拠すべき条文が違うこと、契約解除による原状回復を行う際に「果実」が使用利益に含まれるか・他人物売主(所有権者でない者)による返還が可能かについて触れた判例を知らなかったのもあり、解答が思うようにいかなかった点も反省点です。

起案を行って振り返るのはハードな作業ですが、これらの積み重ねが本番に繋がるものと認識し、一層積み重ねていけたらと思います。

ここまでお読みいただきありがとうございました。質問・感想・意見等がございましたら、twitter @Daisuke12A11までお願いします。

*1:法律効果(権利義務関係の発生、変更、消滅)を生じさせるため必要な一定の事実の総体をいい、法律事実によって構成される

*2:山本豊ほか『民法 5 契約』84頁(有斐閣, 2018)

*3:大判大正7年11月14日民録24輯2169頁

*4:平野裕之『コア・テキスト 民法Ⅳ 債権総論 第2版』208頁(新世社, 2017)

*5:前掲・大判大正7年11月14日

*6:大判大正10年3月30日民録27輯603頁

*7:最判昭和39年10月29日民集18巻8号1823頁

*8:河上正二「第2部 契約各論 第2章 売買・交換 第5節 売買契約の効力 売主の担保責任(その2)(債権法講義[各論] 22)(ロー・クラス)」法セ760号82頁(2018, 日本評論社

*9:荻野奈緒「原状回復」論究ジュリ22号195頁(2017, 有斐閣

*10:最判昭和34年9月22日民集13巻11号1451頁

*11:最判昭和51年2月13日民集30巻1号1頁

令和元年司法試験公法系第1問

はじめに

司法試験合格を目指すにあたり、何よりも重要なのが過去問演習。ということで、今回は令和元年度*1を解きました。

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解いた後で重要となってくると思われるのが、出題趣旨や採点実感を通した問題の所在の把握自分の構成・起案が出題者が求める正しい方向に向いているか自分の見解を裏付け根拠づける知識・判例の見解が答案に出せる形で覚えているかなどの点検が挙げられます。

上記の点は、出題趣旨や採点実感でも度々指摘されているところなので、過去問を解く際には出来ていなかったところを分析し、できるようになるための方法を検討して実践し、再度挑戦するところまでを繰り返し行います。

以下では、出題趣旨・採点実感を分析するとともに、自身の課題を洗い直したいと思います。

出題趣旨について

出題趣旨で最初に気になったのは、次の点です。以下、引用。

フェイク・ニュースは、各国で様々な課題を生じ、対応が模索されている現代的な問題であり、新たな技術的な展開が事態を深刻化させている側面がある現象である。しかし、その規制は、内容規制という古典的な表現の自由の問題であり、また、本問の規制は、表現の削除という強力な制限の問題である。表現の自由の保障の意義という基本に立ち返った検討が求められる。

上記部分からは、現代的な問題であっても、紐解いていけば従前から存在する問題であるということが読み取れます。表現の自由に関連する問題において、内容規制というのは内容それ自体に対する規制ということもあり強めの制約であることが推認されます。また、表現の削除は、表現の自由市場から強制退場させる行為であるので、制約はかなり強いものであると予想されます。

このように、問題文で扱うテーマを学習してきた典型論点に落とし込んで考えることが求められているといえます(これは全科目に言えそうです)。その際に、本問のように表現の規制対象、規制態様が問題となる場合は、表現の自由がなぜ保障されているのか、といった権利の存在意義に立ち返った検討が求められることになります。

次に、本問の詳細な検討について触れたいと思いますが、この辺りは、以下の採点実感と併せてまとめていきます。

採点実感について

採点実感の全文については、上記HPからご覧いただきたいところですが、本記事でも要約する形でまとめていきます。

本年度の採点実感は、「第1 総論」で受験生の答案について全体のフィードバックを行っています。次に、「第2 表現の自由の基本的論述等について」で表現の自由の論点に対する理解、規制立法が存在するので明確性や過度広範性といった論点について言及しています。「第3 各立法措置に関する論述」では、本問で問われている立法措置①、立法措置②について受験生が合憲性をどう論じたかを振り返っています。最後に、「第4 形式面での注意点について」では、内容面ではなく、その表現形式について注意喚起を行っている。法律の条文を正確に(~条の~項だったり、柱書だったり、但書だったり)適示することや、読み手を意識した構成の必要性を説いています。

以下では、各部分について、自分の答案・思考過程も振り返りながら課題とその対応方法を検討していきます。

第1 総論

採点実感では、最初に「出題の趣旨に即した論述の必要性」を述べています。このことから、出題者の作問意図を分析して論述をすることが非常に重要であることがわかります。また"昨年と同様"という表現を使っている辺り、近年の傾向として「法律の制定に当たり法律かとして助言を行う」というシチュエーションが出題傾向にあることが分かります。そして、そのような問題で出題者がが求めているのは「法律家としての自らの見解を十分に展開する中で、必要に応じて、自らの見解と異なる立場に触れる形で論述をすること」が挙げられています。この点については、法的な見解を、反対の意見・立場を踏まえた上で説得的に論じることであると理解しています。

次に、本問を解く流れを述べています。問題となっている自由ないし権利について、①「表現の自由」として憲法の保障が及ぶかどうか、②制約があることを論じつつ違憲審査基準を設定し、③違憲審査基準の当てはめを行うという憲法問題に対するオーソドックスな処理となっています。

もっとも、ここで苦言を呈されている点として具体的検討が不十分・不適切である点や、条文の読解力が不十分である点が挙げられる。

条文の読解は法律家としての基本的な能力の一つであり、それができないのでは議論の前提となる規制内容が理解できていないこととなってしまう。学習の中で、条文を素読する力を身に付けて欲しい

本問で問題となる仮想の法案について、何をどう規制しようとしているのかについて、理解を誤るとそこから先の議論の前提がズレてしまうことになると考えます。

次に、論述内容全般について、他の教科にも応用できそうなことを述べています。

明確性の原則」の機械的な適用や、「検閲」「事前規制」の文言を使っての機械的な当てはめなど、目の前の具体的な素材について考察しないまま、不正確に概念を適用する答案が相当数あった。また、「内容規制」「内容中立規制」「事前規制」「事後規制」「間接的・付随的規制」など、基本的な概念について、不正確な理解に基づく論述をしている答案も相当数認められた。

上記内容のうち、機械的な適用だったり、具体的な素材について考察という表現が目を引きます。概念や判例は、覚えた内容を吐き出すだけではなく事案に応じて解釈・検討が求められていることが分かります。もっとも、覚えきれてない概念は正確な理解・暗記が必要になります。なお、私は構成段階で検閲該当性に飛びついてしまったので、下線部の内容はよく聞いていましたが、実際の問題では対応しきれていないことが露呈しました。

違憲審査基準の恣意的な設定をしている答案があるが、審査基準の設定にあたっては、どうしてその審査基準を用いるのかを意識して、説得的に論じるようにして欲しい。

判断は、それに至った理由が大事。はっきりわかんだね。

厳しい基準を立てても具体的な検討で緩やかにしてしまっては、厳しい基準を立てることの意味が希薄になってしまうように思われる。日頃から、具体的な事例を学ぶ中で、基準の設定と具体的な検討を行い、整理しておくことが望ましい

日頃の学習を振り返るに、基準の設定と具体的な検討を行うことが欠けていたと思いますので、この点を意識して勉強→再度過去問の流れを確立します。

設問の「自己の見解と異なる立場に対して反論する必要があると考える場合は、それについて論じる」との求めを適切に踏まえ、自己の見解を述べる中で、異なる立場を取り上げつつこれに説得的に反論している答案は高く評価された。

自己の見解を述べつつ、異なる立場を取りこみつつ、説得的に反論することが述べられていますが、要はその流れを論理的に明快にするよう構成段階で求められているものと思います。

最後に関連する判例への言及について述べて、総論部分を終えています。判例は正確に引用した上で、本問の事例と区別できるか(=射程が及ぶかどうか)を検討した上で、自らの見解を基礎づけるために引用するものであることを覚えておきます。

第2 表現の自由の基本的論述等について

表現の自由と虚偽表現の論点について

最初に、気になった点としては、次の点である。

フェイク・ニュースの問題性を認識することと、それをいかに規制し得るかは別の問題であり、規制の合憲性については、より慎重な検討が欲しかったところである。

一見、虚偽表現はそもそも保障範囲外であったり低価値であることが想起されます。しかし、安易に規制対象としていいかについて法的視点から慎重な検討が必要だと述べているのではないでしょうか。冒頭でも述べた通り、内容それ自体に対する削除という強度の規制がなされているわけですから、法律家として慎重に検討を要すると考えます。

この点について、私の構成では、規制の対象・態様については言及していましたが、実際に合憲性を検討する場面で、自己の見解を述べるおいて判例の見解を適切に引用できていませんでした。覚えるべき点は理解した上で暗記し、実際に具体的な検討を行うという日頃の学習を地道に繰り返す必要があると感じました

また、「虚偽表現の自由」の制約として論ずるのは、論じ方として不適切であるとの指摘があります。その上で、問題となるのは「表現の自由」であり、「虚偽の事実を流布する」ことが表現の自由として保障されるか、という観点で論ずるよう指摘しています。「~の自由」として保障されるかを論じる際には、「~の自由」という形は崩さずに、具体的にどういった行為・態様を保障の対象として論じているのかを明らかにしたうえで、当該行為が「~の自由」として保障されるか、を問題にすべきだと思いました。形を崩さないようにするという点は、意識できていなかったです。

明確性や過度広範性の論点について

上記論点は、単体で意識しつつも、実際の問題では意識しきれないことがあります。法令の合憲性が問題になるなら、少なからず問題にはなると思いますが。

明確性の原則機械的に適用している点については上述の通りですが、さらに本問に即した指摘として、以下の内容が挙げられます。

明確性の観点から、「虚偽」の要件の適用がもたらし得る問題について全く検討しない答案が相当数あったが、本問の特質は、「虚偽」の判断が恣意的になる危険性であり、その委縮効果に着目すれば、やはり「虚偽表現」の明確性について丁寧に論じるべきであろう。

上記の点については、『憲法判例の射程[第2版]』(弘文堂, 2020)にも現れています。主な点は、次の4点である*2

  1. 法令の不明確性と過度広範性は区別して主張する。
    →法令が不明確であるために規制範囲が過度広範に及ぶなど。
  2. 法令の条項について、問題となる規定の文言を特定して主張を展開する。
    →漫然と不明確性および過度広範性を主張してはならない。
  3. 主張を展開する際は、法制度の具体的な立て付けを踏まえて、当該文言の漠然性・過度広範性がもたらし得る問題について具体的に説明する。
    →当該文言の不明確性によって表現の自由に関する領域において公権力が恣意的に行使される危険性が生じており、委縮効果の発生が懸念されるなど
  4. 不明確性や過度広範性が問題となる文言については、合憲限定解釈の可否を検討すべきである
    →その際には、憲法論(目的手段・衡量審査等)と法律論(法令の文言・趣旨目的・対系統に照らした解釈)の双方が視野に入る。

このように、採点実感の内容がテキストレベルで落とし込まれるということは、それだけ重要な内容であることが伺えます。今後も法令の文言に関して不明確性と過度広範性を扱う機会は多いと思われますので、この辺りを理解して覚える必要があります。

過去問を解いて出題趣旨・採点実感を読み込むことで、既に手元にあるテキストの読み方も変わってくるのではないかと思いました。

第3 各立法措置に関する論述

本件で問題となっている立法措置は、立法措置①と立法措置②と分けられているのもあり、区別して論じることは掴めました。

しかし、各措置に対応する規制の対象、内容等について詳しく検討することができていなかったので、本年度の問題は何度か再検討する必要があると感じました。

以下、立法措置①と立法措置②について振り返っていきます。

立法措置①について

立法措置①では、虚偽表現について、対象範囲を限定せずに相当広範囲に定義しているという印象を受けました。また、規制対象も「何人も」という表現を用いていることから、こちらも限定がなされてないと解しました。なお、このような印象を抱くこと自体は間違っていなかったのですが、問題文で現行法の刑法や公職選挙法といった他の法律を引き合いに出していることから、そういった比較対象をも自己の見解に取り込んでこそ、より説得的になったのではないかと思います。虚偽の表現を流布することを一般的に禁止及び処罰してない点について、現行法規と相違点を意識する必要がありますが、その際に意識すべきは5W1Hだと考えます。

本問で引き合いに出された法律は、刑法・公職選挙法ですが、当該法律で誰が(規制の主体)、何を(規制の対象)、どうやって(規制の媒体)規制するのかについて分析できると思いました。5W1H刑事訴訟法では、六何の原則とも呼ばれる)は、広く事例問題を分析する際に意識すべきではないでしょうか。

次に、私が構成をした段階では事前抑制を検討していましたが、この点は見事に間違っていました。事前抑制には、①「検閲」、②「事前規制そのもの」、③「事前規制たる側面を有する」ものという3つの類型があるところ*3、本問における虚偽表現を「一般的に禁止」することは、これらにあたるわけではありません(検討は必要であるが)。

立法措置②について

立法措置②についての指摘で気になった点が早速あります。以下、引用。

 

立法措置②について、発信者の表現の自由SNS事業者の表現の自由の双方を指摘できている答案は少なく、誰の権利が問題となるのかを明確にせずに表現の自由を論じているものがあった。

まさしくこのご指摘の通り、発信者の表現の自由しか検討できていなかったです。表現は、発信する側がいることは大前提なのですが、発信者はSNSというツールを用いて発信するので発信者の表現をSNS上の空間に送り出す事業者が必要になるので、SNS事業者の表現の自由をも考慮すべきなのかなと思いました。

なお、フェイク・ニュース規正法(案)第13条の事業者免責規定から、故意または重大な過失がない限り事業者は免責されることから予防的な過剰削除の危険がある点については気づくことができませんでした。この点は、法令をもとに当事者がどういうアクションを起こすのか、について想像力を働かせるべき場面だったと思います。

他にも、厳しい判断枠組みを立てるべき事案で、選挙の公正という分かりやすい利益のみを取り上げてしまったところがありましたので、判断枠組みの厳しさに応じて相応しい説得的な事実適示を心掛ける必要を感じました。

最後に、手続保障の論点について行政法手続法第3章の適用がされない点について、行政法の勉強が足りておらず検討洩れしていました。弁明の機会(13条1項2号)や理由提示(13条1項)といった行政手続法の規定について目を向けることができていれば、総合衡量の要素として厚い検討ができていたと思われます。

第4 形式面での注意点について

この手の指摘は、毎年、どの科目でも指摘されていると見受けられますので、常に意識していきたいところです。

終わりに

今回の司法試験過去問の検討では、札幌税関事件・北方ジャーナル事件・成田新法事件の判例について、司法試験で問われる形式を意識した読み込みができていなかったことが浮き彫りになりました。

また、明確性・過度広範性についても、憲法判例の射程370頁で本問の採点実感に言及しつつまとめている点を実践できていなかったので、過去問演習の重要さを改めて実感しました。

まだまだ検討が及んでない部分もありますが、今回の過去問演習はこの辺にして基本事項の再確認・事例問題で使える形での暗記に注力したく思います。

ここまでお読みいただきありがとうございました。質問・感想・意見等がございましたら、twitter@Daisuke12A11までお願いします。

 

*1:司法試験のHP上では平成31年扱い。2019年は年度の途中で元号が平成から令和になったので仕方ない。

*2:横大道聡『憲法判例の射程〔第2版〕』370頁(弘文堂, 2015)

*3:横大道・前掲注2) 163頁

正当防衛の整理

はじめに

今日は刑法の総論分野、特に正当防衛について扱います。

正当防衛を扱った刑法の条文は36条1項です。「急迫不正の侵害」に対して、「自己又は他人の権利を防衛するため」、「やむを得ずにした行為」を不可罰としています。この条文からは、正当防衛の成立要件として①急迫性、②不正の侵害、③防衛の意思、④相当性を導きだすことができます。

もっとも、これらは成立要件として挙げられるのであって、正当の成否は刑法36条1項の要件を満たすかどうかという条文問題であるので、「条文の文言」から離れて答案を書くことはできません。法学セミナー2014年9月号(No.716)では、次のように述べられています(34頁の表から抜粋)。

条文問題の答案は、条文の該当部分を「」で引用し、その規範を簡潔に提示し、問題文の該当事実を提示してあてはめる。

条文問題に必要な勉強は、条文の正確な理解典型事例の事実の簡潔な適示に習熟することである。

正当防衛について規定した刑法36条1項は、

①急迫性と②不正の侵害は、36条1項における「急迫不正の侵害」から導きだした正当防衛の要件です。上記要件を満たす場合に、答案上では、条文の文言である「急迫不正の侵害」を適示した上で、それにあてはまるかどうかの結論を出すことになります。

急迫性について

「急迫」とは、少なくとも客観的には、法益の侵害が、現在するか、間近に押し迫ったことを意味します(最判昭和24年8月18日刑集3巻9号1465頁)。

上記の定義にあてはまりつつも、正当防衛の成立が否定される類型として下記の2類型が挙げられます。

  • 急迫性が否定されるケース(侵害予期類型
  • Ⓑ「不正対正」という正当防衛に特徴的な利益状況が認められないず、むしろ「不正対不正の対抗関係」とも言うべき状況が存在しているため不正の侵害が否定されるケース(自招侵害類型
  • 防衛の意思が否定されるケース(防衛意思欠如類型

条文の文言から要件を導きだすことは、類型論を語る際にどの要件について問題になっているかを示しやすくする意義があると思われます。以下、要点をまとめていきます。

侵害予期類型について

従前の判例は、侵害を予期していたことに加えて積極的加害意思が存在する場合に急迫性を否定していました。

実務では、積極的加害意思は幅広い事実関係を考慮した総合的判断としていました。その後、裁判員裁判を念頭に置いて判例が見直されることになりました。現在では、侵害を予期していた上で対抗行為に臨んだケースにおいて、最決平成29年4月26日刑集71巻4号275頁が急迫性の要件を検討する際のリーディングケースとなっています。本判決が示した基準、次の通りです。

  • 刑法36条の趣旨
  • 侵害予期類型における判断基準
  • 行為全般の状況の具体的類型
  • 侵害の急迫性の要件を満たさない場合
刑法36条の趣旨について

本判決は、刑法36条の趣旨について「急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに、侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容したもの」であるとしています。

侵害予期類型における判断基準

刑法36条の趣旨を述べた上で、本判決は「したがって、行為者が侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合、侵害の急迫性の要件については、侵害を予期していたことから、直ちにこれが失われると解すべきではなく、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべき」としています。

行為全般の状況の具体的類型

行為全般の状況の判断材料として、9つの考慮要素を挙げていますが、大まかに3つの枠組で考えることができると思われます。なお、実際に判断する際は、各事情が相互に関連し合うことが重要となります(「確実に侵害を予期しながら、必要性もないのに侵害場所に出向くことは急迫性を否定する方向に働く事情である」「危険性の高い凶器を準備して侵害に臨んだという事実は、危険性の高い侵害を予期した行為者が闘争目的で侵害に臨んだという事情を推認させるものである」など。法学教室465号参照)。

予期の内容(相手方との従前の関係、予期の内容・程度)
 ・行為者と相手方との従前の関係
 ・予期された侵害の内容
 ・侵害の予期の程度

他の手段(回避措置、行かない、逃げる)
 ・侵害回避の容易性
 ・侵害場所に出向く必要性
 ・侵害場所にとどまる相当性

行為状況(準備(特に凶器)、予期との違い、行為の客観・主観)
 ・対抗行為の準備の状況(特に,凶器の準備の有無や準備した凶器の性状等)
 ・実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同
 ・行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容等

侵害の急迫性の要件を満たさない場合

上記の行為全般の状況から積極的加害意思、すなわち単に予期された侵害を避けなかつたというにとどまらず、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思(最決昭和52年7月21日刑集31巻4号747頁)が認められる場合について、本判決は次のように述べています。

「行為者がその機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだとき(中略)など,前記のような刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には,侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきである」。

判例においては、積極的加害意思があると侵害の急迫性が否定され、専ら攻撃の意思で及んだ積極的加害行為については防衛の意思が否定されます。これは、主観的要素により客観的要件が否定され、客観的要素により、主観的要件が否定されるようにみえますが、ⓐ侵害の急迫性は侵害行為がなされる前の段階で問題となるために「意思」が、ⓑ防衛の意思は侵害行為に対する反撃行為の時点で問題となるため「行為」が基準となっています*1

事例問題における思考プロセス

判例が上記のような規範を示した点について理解したことを前提に、どう書いていくべきか。最終的に検討すべきは、刑法36条の趣旨に照らして許容されるか否かであるといえますので、問題提起の際はこの部分を述べた上で刑法36条の趣旨を書き、その上で行為全般の状況から判断していくことになるのではないでしょうか。思考プロセスを示すと、下記の通りになると考えました。

  1. 行為者が侵害を予期した上で対抗行為に及んだケースであることを確認。
  2. そのような場合は、侵害の急迫性の要件が問題となるので、「行為全般の状況を対象として、刑法36条の趣旨に照らして対抗行為が許容されるか否かという観点から判断すべき」という規範を立てる。
  3. 刑法36条の趣旨を述べる。
  4. 平成29年判決で示された考慮要素について具体的に検討する。
  5. 結論

事例問題を解く際は上記のプロセスに沿って考えるものであると思われますが、上記の規範は判例で述べた内容をまとめたものです(法学教室465号参照)。判例の規範を理解し、事例問題で使える形にアレンジして暗記することが必要だと思います。

自招侵害類型について

自招侵害類型については、前述の平成29年判例ではなく、今なお最決平成20年5月20日刑集62巻6号1786頁がリーディングケースとなっています。そのため、自招侵害類型だと判断したらこの判例に基づく規範の当てはめを行う必要があります。

本判決は、被告人の暴行により触発され、その直後に、近接した場所で一連一体の事態として相手方の攻撃が行われた場合、被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものといえるから、その攻撃が被告人の暴行の程度を大きく超えるものでないといった事実関係の下では、被告人の侵害行為は、被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況に置ける行為とはいえないとして、正当防衛の成立を否定しています。

正当防衛状況について

正当防衛の要件とされている「不正の侵害」とは、全体としての法秩序に反し、法益に対する危険を生じさせる行為をいうとされています。このため、正当防衛が認められるためには、「不正対正」の関係が認められる必要があります。行為者が先に暴行を加えるなど正当防衛が成立する行為に対して正当防衛が成立する余地はなく*2、不法な相互闘争状況であれば「不正対不正」の対抗関係になります。

したがって、急迫性というよりは「不正の侵害」が問題となる場合であり、正当防衛の要件を分ける意義もこの辺りにあるかと思われます。

判例の射程について

本判決は、全ての自招侵害について正当防衛状況を否定したわけではなく、「本件の事実関係の下においては」という留保をつけて、以下の以下の考慮要素を列挙して否定した事例である。

  • 侵害行為が挑発行為(暴行)に触発された一連一体の事態であること
  • 上記の一連一体性が認められる場合に、攻撃が挑発行為(暴行)の程度を大きく超えるものでないこと

上記の考慮要素から、逆に、以下のような場合には、自招侵害であってもなお、正当防衛が認められ得ることになります。

  • 侵害行為が挑発行為(暴行)に触発されたものでない場合
    →挑発行為(暴行)とは無関係なものである場合
  • 一連一体性がない場合
    →時間的間隔が空いている、場所的に離れているなど
  • 攻撃が挑発行為(暴行)の程度を大きく超える場合
    →侵害者による攻撃が挑発行為(暴行)との均衡を失する場合

なお、挑発行為が暴行による場合に限るのか、その他の違法行為(侮辱など)にも及ぶのかについては争いがある*3

2021年5月19日追記
自招侵害があった場合、急迫性・侵害・防衛の意思・相当性の検討に際してどの段階で検討するかについては、「侵害」について検討する段階で自招侵害にあたる旨を述べればよいということが分かりました。

防衛意思欠如類型について

侵害行為に対し防衛行為に及ぶ場合、行為者には防衛という攻撃行為に出る意思が認められます。そのため、防衛の意思と攻撃の意思は併存するものであるということができます。

最判昭和50年11月28日刑集29巻10号983頁も「防衛の意思と攻撃の意思とが併存している場合の行為は、防衛の意思を欠くものではないので、これを正当防衛のための行為と評価することができる」としています。なお、「防衛に名を借りて侵害者に対し積極的に攻撃を加える行為」については防衛の意思を欠くとしていることから、専ら攻撃の意思で暴行に及んだ場合でない限り防衛の意思は否定されません。

相当性について

相当性は刑法36条1項の「やむを得ずにした行為」に対応する要件です。急迫性や不正の侵害、防衛の意思といった要件を満たした上で、相当性の要件を満たすか否かによって正当防衛(36条1項)か過剰防衛(36条2項)の判断の分かれ目となります。

法益の均衡について

最判昭和44年12月4日刑集23巻12号1573頁は、防衛行為により生じた結果がたまたま侵害された法益より大きくても、防衛手段として相当と判断されれば、正当防衛が成立する余地はあるとしています。

「生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り」(刑法37条1項)と明記する緊急避難とは異なり、不正対正の関係にある正当防衛においては、厳格な法益の均衡は要件とはなっていません。

補充性

正当防衛において、防衛者は侵害者と「正対不正」の関係にあるので優越的地位が認められます。このため、緊急避難(刑法37条1項)の場合とは異なり、防衛行為は法益保護のために他に手段がないことまでは必要としていません。

最判平成元年11月14日刑集43巻10号823頁は、素手の侵害者に対して刃物で防衛した場合、両者の年齢差や体力差などの諸事情を総合的に勘案し、侵害者の方が年齢が若く体格的にも優れていた場合などには、防衛行為として相当と判断され、正当防衛が成立する余地があるとしています。

侵害者の用いた手段と防衛行為者の用いた手段とを比較して、同等の場合に相当性を肯定するという、いわゆる武器対等の原則が下級審判例に存在しましたが、最高裁はこのような形式的な判断基準ではなく、「防御的な行動」であったかどうかも重視しています。

終わりに

正当防衛関連の論点は、以前にも学習したことがありましたが、事例問題を通して規範の定着を確認したら誤解していた部分・理解が曖昧な部分が浮き彫りになりました。

自分の理解・暗記をもっと向上させるために、今後もこういった形で整理して行けたらと思います。

ここまでお読みいただきありがとうございました。質問・感想・意見等がございましたら、twitter@Daisuke12A11までお願いします。

 

 

*1:山口厚『刑法〔第3版〕』70頁(有斐閣, 2015)

*2:緊急避難が成立する余地があるにとどまる。

*3:他人の物を損壊して暴行による攻撃を招いたケースにおいて、大阪地判平成23年7月22日判タ1359号251は、侵害行為が先行行為の違法性を大きく超えるとして正当防衛状況を肯定。