正当防衛の整理

はじめに

今日は刑法の総論分野、特に正当防衛について扱います。

正当防衛を扱った刑法の条文は36条1項です。「急迫不正の侵害」に対して、「自己又は他人の権利を防衛するため」、「やむを得ずにした行為」を不可罰としています。この条文からは、正当防衛の成立要件として①急迫性、②不正の侵害、③防衛の意思、④相当性を導きだすことができます。

もっとも、これらは成立要件として挙げられるのであって、正当の成否は刑法36条1項の要件を満たすかどうかという条文問題であるので、「条文の文言」から離れて答案を書くことはできません。法学セミナー2014年9月号(No.716)では、次のように述べられています(34頁の表から抜粋)。

条文問題の答案は、条文の該当部分を「」で引用し、その規範を簡潔に提示し、問題文の該当事実を提示してあてはめる。

条文問題に必要な勉強は、条文の正確な理解典型事例の事実の簡潔な適示に習熟することである。

正当防衛について規定した刑法36条1項は、

①急迫性と②不正の侵害は、36条1項における「急迫不正の侵害」から導きだした正当防衛の要件です。上記要件を満たす場合に、答案上では、条文の文言である「急迫不正の侵害」を適示した上で、それにあてはまるかどうかの結論を出すことになります。

急迫性について

「急迫」とは、少なくとも客観的には、法益の侵害が、現在するか、間近に押し迫ったことを意味します(最判昭和24年8月18日刑集3巻9号1465頁)。

上記の定義にあてはまりつつも、正当防衛の成立が否定される類型として下記の2類型が挙げられます。

  • 急迫性が否定されるケース(侵害予期類型
  • Ⓑ「不正対正」という正当防衛に特徴的な利益状況が認められないず、むしろ「不正対不正の対抗関係」とも言うべき状況が存在しているため不正の侵害が否定されるケース(自招侵害類型
  • 防衛の意思が否定されるケース(防衛意思欠如類型

条文の文言から要件を導きだすことは、類型論を語る際にどの要件について問題になっているかを示しやすくする意義があると思われます。以下、要点をまとめていきます。

侵害予期類型について

従前の判例は、侵害を予期していたことに加えて積極的加害意思が存在する場合に急迫性を否定していました。

実務では、積極的加害意思は幅広い事実関係を考慮した総合的判断としていました。その後、裁判員裁判を念頭に置いて判例が見直されることになりました。現在では、侵害を予期していた上で対抗行為に臨んだケースにおいて、最決平成29年4月26日刑集71巻4号275頁が急迫性の要件を検討する際のリーディングケースとなっています。本判決が示した基準、次の通りです。

  • 刑法36条の趣旨
  • 侵害予期類型における判断基準
  • 行為全般の状況の具体的類型
  • 侵害の急迫性の要件を満たさない場合
刑法36条の趣旨について

本判決は、刑法36条の趣旨について「急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに、侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容したもの」であるとしています。

侵害予期類型における判断基準

刑法36条の趣旨を述べた上で、本判決は「したがって、行為者が侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合、侵害の急迫性の要件については、侵害を予期していたことから、直ちにこれが失われると解すべきではなく、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべき」としています。

行為全般の状況の具体的類型

行為全般の状況の判断材料として、9つの考慮要素を挙げていますが、大まかに3つの枠組で考えることができると思われます。なお、実際に判断する際は、各事情が相互に関連し合うことが重要となります(「確実に侵害を予期しながら、必要性もないのに侵害場所に出向くことは急迫性を否定する方向に働く事情である」「危険性の高い凶器を準備して侵害に臨んだという事実は、危険性の高い侵害を予期した行為者が闘争目的で侵害に臨んだという事情を推認させるものである」など。法学教室465号参照)。

予期の内容(相手方との従前の関係、予期の内容・程度)
 ・行為者と相手方との従前の関係
 ・予期された侵害の内容
 ・侵害の予期の程度

他の手段(回避措置、行かない、逃げる)
 ・侵害回避の容易性
 ・侵害場所に出向く必要性
 ・侵害場所にとどまる相当性

行為状況(準備(特に凶器)、予期との違い、行為の客観・主観)
 ・対抗行為の準備の状況(特に,凶器の準備の有無や準備した凶器の性状等)
 ・実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同
 ・行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容等

侵害の急迫性の要件を満たさない場合

上記の行為全般の状況から積極的加害意思、すなわち単に予期された侵害を避けなかつたというにとどまらず、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思(最決昭和52年7月21日刑集31巻4号747頁)が認められる場合について、本判決は次のように述べています。

「行為者がその機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだとき(中略)など,前記のような刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には,侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきである」。

判例においては、積極的加害意思があると侵害の急迫性が否定され、専ら攻撃の意思で及んだ積極的加害行為については防衛の意思が否定されます。これは、主観的要素により客観的要件が否定され、客観的要素により、主観的要件が否定されるようにみえますが、ⓐ侵害の急迫性は侵害行為がなされる前の段階で問題となるために「意思」が、ⓑ防衛の意思は侵害行為に対する反撃行為の時点で問題となるため「行為」が基準となっています*1

事例問題における思考プロセス

判例が上記のような規範を示した点について理解したことを前提に、どう書いていくべきか。最終的に検討すべきは、刑法36条の趣旨に照らして許容されるか否かであるといえますので、問題提起の際はこの部分を述べた上で刑法36条の趣旨を書き、その上で行為全般の状況から判断していくことになるのではないでしょうか。思考プロセスを示すと、下記の通りになると考えました。

  1. 行為者が侵害を予期した上で対抗行為に及んだケースであることを確認。
  2. そのような場合は、侵害の急迫性の要件が問題となるので、「行為全般の状況を対象として、刑法36条の趣旨に照らして対抗行為が許容されるか否かという観点から判断すべき」という規範を立てる。
  3. 刑法36条の趣旨を述べる。
  4. 平成29年判決で示された考慮要素について具体的に検討する。
  5. 結論

事例問題を解く際は上記のプロセスに沿って考えるものであると思われますが、上記の規範は判例で述べた内容をまとめたものです(法学教室465号参照)。判例の規範を理解し、事例問題で使える形にアレンジして暗記することが必要だと思います。

自招侵害類型について

自招侵害類型については、前述の平成29年判例ではなく、今なお最決平成20年5月20日刑集62巻6号1786頁がリーディングケースとなっています。そのため、自招侵害類型だと判断したらこの判例に基づく規範の当てはめを行う必要があります。

本判決は、被告人の暴行により触発され、その直後に、近接した場所で一連一体の事態として相手方の攻撃が行われた場合、被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものといえるから、その攻撃が被告人の暴行の程度を大きく超えるものでないといった事実関係の下では、被告人の侵害行為は、被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況に置ける行為とはいえないとして、正当防衛の成立を否定しています。

正当防衛状況について

正当防衛の要件とされている「不正の侵害」とは、全体としての法秩序に反し、法益に対する危険を生じさせる行為をいうとされています。このため、正当防衛が認められるためには、「不正対正」の関係が認められる必要があります。行為者が先に暴行を加えるなど正当防衛が成立する行為に対して正当防衛が成立する余地はなく*2、不法な相互闘争状況であれば「不正対不正」の対抗関係になります。

したがって、急迫性というよりは「不正の侵害」が問題となる場合であり、正当防衛の要件を分ける意義もこの辺りにあるかと思われます。

判例の射程について

本判決は、全ての自招侵害について正当防衛状況を否定したわけではなく、「本件の事実関係の下においては」という留保をつけて、以下の以下の考慮要素を列挙して否定した事例である。

  • 侵害行為が挑発行為(暴行)に触発された一連一体の事態であること
  • 上記の一連一体性が認められる場合に、攻撃が挑発行為(暴行)の程度を大きく超えるものでないこと

上記の考慮要素から、逆に、以下のような場合には、自招侵害であってもなお、正当防衛が認められ得ることになります。

  • 侵害行為が挑発行為(暴行)に触発されたものでない場合
    →挑発行為(暴行)とは無関係なものである場合
  • 一連一体性がない場合
    →時間的間隔が空いている、場所的に離れているなど
  • 攻撃が挑発行為(暴行)の程度を大きく超える場合
    →侵害者による攻撃が挑発行為(暴行)との均衡を失する場合

なお、挑発行為が暴行による場合に限るのか、その他の違法行為(侮辱など)にも及ぶのかについては争いがある*3

2021年5月19日追記
自招侵害があった場合、急迫性・侵害・防衛の意思・相当性の検討に際してどの段階で検討するかについては、「侵害」について検討する段階で自招侵害にあたる旨を述べればよいということが分かりました。

防衛意思欠如類型について

侵害行為に対し防衛行為に及ぶ場合、行為者には防衛という攻撃行為に出る意思が認められます。そのため、防衛の意思と攻撃の意思は併存するものであるということができます。

最判昭和50年11月28日刑集29巻10号983頁も「防衛の意思と攻撃の意思とが併存している場合の行為は、防衛の意思を欠くものではないので、これを正当防衛のための行為と評価することができる」としています。なお、「防衛に名を借りて侵害者に対し積極的に攻撃を加える行為」については防衛の意思を欠くとしていることから、専ら攻撃の意思で暴行に及んだ場合でない限り防衛の意思は否定されません。

相当性について

相当性は刑法36条1項の「やむを得ずにした行為」に対応する要件です。急迫性や不正の侵害、防衛の意思といった要件を満たした上で、相当性の要件を満たすか否かによって正当防衛(36条1項)か過剰防衛(36条2項)の判断の分かれ目となります。

法益の均衡について

最判昭和44年12月4日刑集23巻12号1573頁は、防衛行為により生じた結果がたまたま侵害された法益より大きくても、防衛手段として相当と判断されれば、正当防衛が成立する余地はあるとしています。

「生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り」(刑法37条1項)と明記する緊急避難とは異なり、不正対正の関係にある正当防衛においては、厳格な法益の均衡は要件とはなっていません。

補充性

正当防衛において、防衛者は侵害者と「正対不正」の関係にあるので優越的地位が認められます。このため、緊急避難(刑法37条1項)の場合とは異なり、防衛行為は法益保護のために他に手段がないことまでは必要としていません。

最判平成元年11月14日刑集43巻10号823頁は、素手の侵害者に対して刃物で防衛した場合、両者の年齢差や体力差などの諸事情を総合的に勘案し、侵害者の方が年齢が若く体格的にも優れていた場合などには、防衛行為として相当と判断され、正当防衛が成立する余地があるとしています。

侵害者の用いた手段と防衛行為者の用いた手段とを比較して、同等の場合に相当性を肯定するという、いわゆる武器対等の原則が下級審判例に存在しましたが、最高裁はこのような形式的な判断基準ではなく、「防御的な行動」であったかどうかも重視しています。

終わりに

正当防衛関連の論点は、以前にも学習したことがありましたが、事例問題を通して規範の定着を確認したら誤解していた部分・理解が曖昧な部分が浮き彫りになりました。

自分の理解・暗記をもっと向上させるために、今後もこういった形で整理して行けたらと思います。

ここまでお読みいただきありがとうございました。質問・感想・意見等がございましたら、twitter@Daisuke12A11までお願いします。

 

 

*1:山口厚『刑法〔第3版〕』70頁(有斐閣, 2015)

*2:緊急避難が成立する余地があるにとどまる。

*3:他人の物を損壊して暴行による攻撃を招いたケースにおいて、大阪地判平成23年7月22日判タ1359号251は、侵害行為が先行行為の違法性を大きく超えるとして正当防衛状況を肯定。