平成28年予備試験民事系第1問の振り返り

はじめに

今回は、平成28年予備試験民事系第1問(民法)の起案を行った振り返りを行います。起案を行ったのが2021年4月24日(日)だったので、振り返りがだいぶ遅れてしまいましたが、やるとやらないでは大違いなのでやっていきます!

出題趣旨

本設問は、①他人物売買において売主が権利を買主に移転することができなかった
たことを理由に買主が契約を解除した場合に、買主は、売主に対してどのような請
求をすることができるか(特に、他人物売買であることについて買主が悪意である
が、売主から確実に権利を移転することができると説明されていた点をどのように
評価するか )、②他人物売買が解除された場合に、買主と目的物の所有者との間で
は、どのような清算をするのが相当か、さらには、③これらの検討を通じて、他人
物売買の売主、買主、目的物の所有者の三者間の利害調整をいかにして図るのが相
当かを問うものであり,これにより、幅広い法的知識や、事案に即した分析能力
論理的な思考力があるかどうかを試すものである。

出題趣旨を見るに、赤で強調した部分は他の科目でも求められているものなので、実務法曹として登用してもらうにあたり、身に付けておくべき基礎力であると分かります。

民法の問題としては、太字にした部分と下線を引いた部分が重要になります。今回のメイン論点は、他人物売買と解除です。他人物売買・解除についての規定は、債権法改正の対象となりましたので、出題当時とは解答の形式が少し異なることになります。

以下では、問題の分析と各問いの検討を行っていきます。

事案概要について

まずは、〔設問〕の内容から見ていきます。問題文も1ページだけですし、何を訊かれているかを把握しておくと読む際の指針になると思われます。

【事実】5におけるDのBに対する請求及びDのCに対する請求のそれぞれについて、その法的構成を明らかにしたうえで、それぞれの請求並びに【事実】5におけるB及びCの主張が認められるかどうかを検討しなさい。

本問では、DのBに対する請求とDのCに対する請求があり、それぞれの請求に対し、B及びCから反論があることになります。詳細は後で述べますが、請求とその反論は、特定の個人ごとに構成してもよかったのではないかと思います(DのBに対する請求とBの主張について、DのCに対する請求とCの主張について)。

時系列について

事例問題は、問題文において時の経過が見られるので、「いつ、誰が、何をしたか」に着目して分析することが重要であると思われます。5W1Hは、あらゆる科目における思考ツール、はっきりわかんだね。本問では、次のようになります。

1段落目について
  • H27.1.11 A死亡
    →甲機械:Cが取得
    →自宅およびその他の財産:Bが取得

法的効果が発生するような出来事がないか探してみると、まず平成28年予備試験7年1月11日にA死亡とあります。これは、相続の発生・権利義務の承継などが発生するイベントとしてチェックしておきます。

2段落目について
  • H27.5.22
    →BD間の本件売買契約(甲機械、500万円)
    →甲機械引渡し(B→D)、代金全額支払い(D→B)

 次に、Aの相続人である妻Bが、印刷業を営む知人Dと甲機械の売買契約(「本件売買契約」)を締結しています。売買の目的物である甲機械はCが取得したのに、BがDに売り捌いている辺り、他人物売買が問題になることが推認されます。

他人物売買において、売主は買主に対して「その権利を取得して買主に移転する義務」を負います(561条)。契約当事者がどのような義務を負っているかの把握、超重要。なお、権利移転義務については、まだ履行されていない段階です。出題趣旨で言及されていた、買主であるDが他人物売買について悪意で、売主Bが、Cから確実に権利を移転できると説明している状況です。

3段落目について
  • D:甲機械を修理(30万円支出)→稼働

Dは、引き渡された甲機械に対し、修理費を支出しています。契約時に故障個所は示されているので、支出すること自体はDも容認していたと思われます。

4段落目について
  • H27.8.30
    →C:Dに対する、所有権に基づく返還請求権としての甲機械引渡請求
    →D:Cに甲機械引渡し
    →D:Bに対し、本件売買契約解除の意思表示
    →D:代替の乙機会を購入(540万円)

海外に赴任していたCが帰国し、事例は一気に加速します。本来の所有者であるCが、Dに対して所有権に基づく返還請求権を主張し、Dは返し、Bに対して契約解除の意思表示を行っています。その後に、印刷業があるので代替機を購入しています。

5段落目について

1~4段落目までの事実を踏まえて、関係当事者の主張を請求ごとにまとめると次のようになります。

  • 第1 DのBに対する請求について
    1 D→B
    (1)本件売買契約の売買代金500万円の返還請求
    (2)代替機である乙機械を購入するために要した増加費用40万円の支払請求
    (3)修理による甲機械の価値増加分50万円の支払請求
    2 B→D
     使用価値相当額25万円支払い請求権との相殺権行使 
  • 第2 DのCに対する請求について
    1 D→C
     修理による甲機械の価値増加分50万円の支払請求
    2 C→D
     使用価値相当額25万円支払い請求権との相殺権行使

Dは、BとCに対して何を請求しているか、そしてBとCはDに何を主張しているか、法律行為の主体に着目して整理する必要があります。また、BとCの主張について、結局は相殺権を行使しようとしているものであると法的に読み取る必要があります。どんな表現がどういった法律効果を意図しているものなのかについて注意する必要があると感じました。

各請求について

DのBに対する請求について

1(1)について

まずDのBに対する請求が認められるための法律要件*1の検討を行います。

DはBとの間で本件売買契約を締結し、甲機械を購入し、甲の代金を支払いました。Dとしては、「甲機械を返却するから売買代金500万円を返せ」と主張することが考えられます。Dの主張は、解除権を行使した結果生じる原状回復義務(545条1項)によって認められるものと読み取れます。その結果、DのBに対する請求において、訴訟物は契約解除に基づく原状回復請求権ということになります。

この請求が認められるかを検討するために、545条1項の条文を見ると、①解除権の発生原因事実(「解除権」)と②①の解除権を行使する意思表示(「行使したとき」(540条))が必要であることが発生要件であることがわかります。条文の引用、超大事。

①について、契約当事者は契約(約定解除)又は法律の規定(法定解除)によって解除権が発生した場合は、これを行使することによって契約関係を解消できます(540条)。本問では、BD間の売買契約で解除条項みたいな取り決めはなされていないので、法定解除を検討することになります

また、改正法による改正後の民法では、債務不履行を理由とする法定解除が催告による解除(541条)と催告によらない解除(542条)に分けられています。本問では、Dは催告をすることなく解除をしているので、催告によらない解除の発生要件について検討することになります。

無催告解除が認められるための要件は、①ー1「債務」の①ー2「全部の履行が不能であるとき」(542条1項1号)となっています。①-2については、社会通念に従って決せられる。

①-1について、本件売買契約は、(Aから遺贈を受けた)甲機械の所有者Cではなく、Bが売主となっているので、他人物売買となります。その場合、「売主」たるBは、「他人の」甲機械の所有権という「権利」を本件「売買」の目的物としたことになります(561条)。このため、Bは、Cから甲機械の所有権という「権利」を取得して「買主」たるDに移転する「債務」を負っていることになります。条文の摘示引用が大事。

①-2について、本件では、Dは、所有者たるCから甲機械の返還請求を受けていることから、Bは、当該「権利」を取得して「買主」たるDに移転することは、社会通念上、不能となっています。

結論として、Bの上記「債務」は「全部の履行が不能」といえることになります(564条、542条1項1号)。

次に、②について、4段落目にてDはBに解除の意思表示を伝えているので、545条1項の要件を充足し、本件売買契約当事者であるB・Dには原状回復義務が生ずることになります。

したがって、原状回復義務(545条1項)に基づくDの請求は認められることになります。

なお、解除は、債権者を契約の拘束力から解放するための制度ですので、損害賠償の場面で問題となる免責事由・不可抗力も直ちに抗弁事由になるわけではありません*2。このため、債権者からの解除に基づく主張に対して、債務者は、債務不履行が自分の「責めに帰することができない事由」(415条1項ただし書)によるものであることを立証して、債権者の解除を否定することはできません。

1(2)について

甲機械(500万円)を購入するための出費は、(1)の請求で回収できることになりますが、Dは、甲機械の代替機として乙機械(540万円)を購入しています。その結果、当初の支出より40万円出費が増えています。

したがって、Dとしては、乙機械の購入に要した増加費用40万円の請求を主張することになります。訴訟物は、履行不能に基づく損害賠償請求権となります。

BD間の売買契約が履行不能になっていることは既に述べた通りです。その際に、Dには解除だけでは補填しきれない損害が生じていることから、かかる損害の賠償をBに請求することになります(415条1項本文)。

債務不履行に基づく損害賠償請求が認められるためには、①債務不履行の事実、②損害の発生、③①債務不履行と②損害との間の因果関係が必要です。

①について、本問では「債務の履行が不能あるとき」にあてはまりますが、これは(1)で述べた通りです。

次に、②についてですが、甲機械の返却代金と乙機械の購入代金の差額は-40万円となっていることから、40万円の損害が発生していると見ることができます。

さらに③について、売主の債務不履行により買主が第三者から代替物を購入したときはその購入価額が「通常生ずべき損害」(416条1項)であるとされています*3

Dは印刷業を営んでいるので、業務上購入した甲機械の代替機である乙機械を購入すれば、乙機械を購入するために必要な費用は「通常生ずべき損害」としてBの債務不履行との因果関係が認められることになります。

なお、Bは、「債務者の責めに帰することができない事由」(415条1項ただし書)によるとの反論を成し得ますが、他人物である甲機械を売却している以上、真の所有者であるCが所有権移転に協力しないことはB側が当然に負担すべきリスクであったといえるので、Bにとって不可抗力によって生じたリスクとはいえません。

したがって、Dの請求が認められることになります。

2021年6月5日追記

添削内容を確認しましたところ、代替機の購入費用を通常損害として評価していなかったことが判明しました。通常損害になる項目は、一覧化して押さえておく必要があると改めて実感しました。売主の債務不履行の場合、下記の通常損害が挙げられます*4

  • 代替物を購入した場合のその購入価格*5
  • 買主が第三者に転売契約を締結した場合のその転売利益または転売先に支払った賠償金*6
  • 目的物を買主が使用する目的で購入した場合にその使用による営業利益*7

さらに、民法565条括弧書きについてのご指摘もいただきました。すなわち、他人物売買においても民法565条→562条~564条の準用がされますが、565条括弧書きで「権利の一部が他人に属する場合」としている点です。「権利の全部」の場合は、担保責任ではなく債務不履行一般ルールによって対処することになります。*8

1(3)について

Dは、甲機械を業務上使用するために、50万円を支出して修理しています。甲機械をBに返還した時点において、甲機械の価値は50万円増加したといえます。Dとしては、この増加分の利益の返還を主張していくことになります。

その結果、Dの請求における訴訟物は、不当利得に基づく利得金返還請求権となります。根拠条文は703条となり、その要件は①他人の財産または労務によって利益を受けたこと、②他人に損失を与えたこと、③受益と損失との間に因果関係があること、④法律上の原因がないことです。

本件において、Dは、甲機械の修理のために30万円を支出しているため「損害」が認められます。しかし、これによってBが「利益」を受けたわけではありません。Bは、本権に基づき、返還請求をなし得る所有者ではないためです

したがって、Dの上記請求は認められません。

なお、196条2項による請求も、Bが本件に基づき、返還請求をなし得る所有者でないことから「回復者」ではないため認められません。

BのDに対する請求について

次に、Bの反論として、相殺の抗弁の提出が考えられます。甲機械の使用価値相当額25万円の支払請求を自働債権として、上記Bの原状回復義務としての代金返還債務と対等額で相殺(505条1項)をすることになります。

上記請求の要件は、①自働債権の発生原因(「2人が互いに同種の目的を有する債務」)と②相殺の意思表示(506条)となります。

本件では、自働債権、つまり、25万円の使用利益返還請求権が発生していることが必要となります。解除の効果として原状回復義務が生じ(545条1項)、各当事者は「果実」(545条3項)も返還しなくてはならないことになります。

ここで、「果実」に使用利益が含まれるか否かが問題になりますが、判例は、使用利益返還義務の法律的性質は、いわゆる原状回復義務に基づく一種の不当利得返還義務と捉えた上で、解除原因の所在を問わず、また返還請求者が所有者でない場合であっても、返還を肯定しています*9

したがって、使用利益は「果実」(545条3項)に含まれるので、Dは返還義務を負うことになり、Bの使用利益返還請求権が認められます。その結果、同一の原状回復義務から生じたB・Dの両債権は、「同種の目的」を有することになり、対等額にて相殺ができることになります。

DのCに対する請求について

次に、DのCに対する請求ですが、こちらは甲機械の所有者に対する請求となりますので、Cは「回復者」に当たります。

上記より、196条2項の有益費償還請求ができることになります。要件は、次に挙げる通りです。

  1. 物を改良し価値を増加させたこと(「その価値の増加」)
  2. 1. の際に、当該物を占有していたこと(「占有者」)
  3. 1. の行為につき費用を支出したこと(「その支出した金額又は増加額」
  4. 回復者が選択する意思表示をしたこと(「回復者の選択」)
  5. 選択された支出分又は増加額の金額

上述の要件は、それぞれにつき条文の文言に事実を適用することで足ります。

本件では、「占有者」たるDが、30万円を支出して甲機械を「改良し」もって50万円「価値を増加させた」ところ、「回復者」たる同機械の所有者Cが「増加額」50万円の「償還」を「選択しています」。

したがって、Dの上記請求は認められることになります。

CのDに対する請求について

次に、Cの反論として、相殺の抗弁の提出が考えられます。すなわち、甲機械の使用価値相当額25万円を自働債権として、Dの有する有益費償還債権と対等額で相殺すると主張することが考えられます(505条1項)。

上記請求の要件は、前述の通り、①自働債権の発生原因と②相殺の意思表示(506条)となります。

CはDとの契約関係にないので、CのDに対する使用利益返還請求権の発生根拠が問題となります。Dが「悪意の占有者」(190条1項)であれば、使用利益たる「果実」を返還する義務を負うことになります。

本件では、Bとの契約時点で、Dは真の所有者がCであることについて悪意です。このため、上記要件を充足し、Dは使用利益たる25万円の「果実」の返還義務を負うことになります。

したがって、同種の機械から生じた「同種の目的」を有する債権が存在するため(①充足)、Cは相殺権行使の意思表示(②充足)をすることによって、上記反論が認められる。

終わりに

今回の問題では、下記の内容が論点になっておりました。

  1. 履行不能に基づく解除権発生とその行使(D→B)
  2. 履行不能に基づく損害賠償請求権の発生要件(D→B)
  3. 不当利得に基づく利得金返還請求権(D→B)
  4. 使用価値相当額25万円の支払請求権との相殺権行使(B→D)
    →「果実」(545条3項)に使用利益が含まれるか*10、他人物売主が返還を求めることができるか*11
  5. 有益費償還請求権(196条2項)の要件(D→C)
  6. 悪意占有者の果実返還(190条1項)の要件(C→D)

上記内容のうち、不当利得返還請求と有益費償還請求について、誰を対象とするか(所有者を相手にしているか)によって行使できる権利が変わってくる点について認識が甘いところがありました。また、「回復者」(196条2項)が占有を回復した"所有者"を指す点についてもあまり意識できていなかったことから、条文の読み込みが甘いところがありました。

さらに、果実返還についても契約関係の有無によって依拠すべき条文が違うこと、契約解除による原状回復を行う際に「果実」が使用利益に含まれるか・他人物売主(所有権者でない者)による返還が可能かについて触れた判例を知らなかったのもあり、解答が思うようにいかなかった点も反省点です。

起案を行って振り返るのはハードな作業ですが、これらの積み重ねが本番に繋がるものと認識し、一層積み重ねていけたらと思います。

ここまでお読みいただきありがとうございました。質問・感想・意見等がございましたら、twitter @Daisuke12A11までお願いします。

*1:法律効果(権利義務関係の発生、変更、消滅)を生じさせるため必要な一定の事実の総体をいい、法律事実によって構成される

*2:山本豊ほか『民法 5 契約』84頁(有斐閣, 2018)

*3:大判大正7年11月14日民録24輯2169頁

*4:平野裕之『コア・テキスト 民法Ⅳ 債権総論 第2版』208頁(新世社, 2017)

*5:前掲・大判大正7年11月14日

*6:大判大正10年3月30日民録27輯603頁

*7:最判昭和39年10月29日民集18巻8号1823頁

*8:河上正二「第2部 契約各論 第2章 売買・交換 第5節 売買契約の効力 売主の担保責任(その2)(債権法講義[各論] 22)(ロー・クラス)」法セ760号82頁(2018, 日本評論社

*9:荻野奈緒「原状回復」論究ジュリ22号195頁(2017, 有斐閣

*10:最判昭和34年9月22日民集13巻11号1451頁

*11:最判昭和51年2月13日民集30巻1号1頁